世界でもっとも有名な名探偵「シャーロック・ホームズ」。
ホームズシリーズは「聖書に次ぐベストセラー」といわれるほどの人気作品だ。その知名度からホームズはしばしば名探偵の元祖などとも呼ばれる(正確にはエドガー・アラン・ポーの作品に登場する「シュバリエ・オーギュスト・デュパン」が最初だが)。
彼の魅力は人並み外れた推理力をもつと同時に、ミステリアスで謎が多いことにもある。なかでも議論を呼んでいるのは、ホームズが身につけている「バリツ」という格闘技についてだ。
バリツ…? 聞いたことないぞ? と、ほとんどの人は思うだろう。それもそのはず、この格闘技はホームズシリーズにしか登場しない、謎が謎を呼ぶ格闘技だからだ。
名探偵が使う謎の格闘技…めっちゃそそられるじゃないか! ということで今回はホームズの使うバリツの雑学に迫っていこう。
【サブカル雑学】シャーロック・ホームズが使う格闘技「バリツ」とは?
【雑学解説】格闘技「バリツ」が登場した理由とは?
バリツが初めてホームズシリーズに登場したのは、短編56作品のうち25番目の作品にあたる『空き家の冒険』においてだ。
特技にしては登場するのが遅くないか? 格闘技なら、探偵が使う場面はもっと多そうだが…と思った人もいるのではないか。実のところ、この「バリツを習得している」という設定はもとからあったのではなく、とある都合で後付けされたものなのだ。
その都合とは、「死んだはずのホームズを、生きていたことにしなければいけなかった」というもの。そう、ホームズは本来、24番目の作品にあたる『最後の事件』で死ぬ予定だった。最後って言っちゃってるしね。
原作者のコナン・ドイルは、本当はこの作品でホームズシリーズを完結させるつもりだったのだ。彼の本業は歴史小説だったので、推理小説がここまで人気になるとは思っておらず、正直負担に感じる面もあったのだとか。
ホームズは死んだはずだけど…バリツ!
かくしてシリーズ完結作となるはずだった『最後の事件』には、モリアーティ教授という強敵が登場。二人して滝に落ちて死んでしまうという衝撃のラストが描かれたが…ファンはこれを許さなかった。
好きな作品の最終回というのはとても寂しい気持ちにさせられる…。それはわかるのだが、ホームズシリーズの惜しまれ方は明らかに異様で、ドイル宛てに、「続編を書かないなら殺す」と殺害予告まで届く始末だ。
そして結局、出版社が破格の原稿料を約束することで、ホームズシリーズは再開されることになった。
…となると、まずはホームズを生き返らせなければならない。そこで彼が復活するために登場したのが、バリツという格闘技だ。
ホームズはバリツの技のおかげで滝に落ちずに済み、無事、生き長らえたという設定が設けられたのである。
このバリツがまったく実態のわからない格闘技だったため、ファンのあいだで議論を呼んでいるのだ。
「死んだ主人公をファンの要望で復活させる」古典的な例はシャーロック・ホームズ。「最後の事件」で宿敵モリアーティ教授と滝の上でもみ合い、二人とも滝壺に落ちて死んだ事になっていたが、ホームズは生きていた。すんでのところでホームズは東洋の謎の武道バリツで相手を投げ落とし助かったのだ。 pic.twitter.com/FLC4YxYaMe
— 竹熊健太郎《地球人》 (@kentaro666) June 7, 2019
格闘技素人の筆者には、残念ながら抱きしめているようにしか見えない。
また「バリツってなんやねん」というツッコミが相次いだためか、最近のソシャゲではホームズが「マスク・ド・バリツ」と名乗り出すなど、完全にネタ扱いである。
ルチャドールかけられてるホームズで爆笑してるしやっぱり薬キメてるし挙句の果てにはバリツ仮面とか名乗り出すしでケツァルコアトルの幕間すさまじい。#FateGO #FGO pic.twitter.com/lgcf0ANJRt
— ラノ (@ranoranosan) December 7, 2017
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【追加雑学①】バリツはどんな格闘技?
バリツは、作中のセリフから日本の格闘技だということがはっきりしている。
しかし、日本人でバリツという格闘技がどんなものか知っている人はいないだろう。マイナーな格闘技ということではなく、バリツが現実には存在しないからだ。
しかしこの日本の格闘技という設定のために、バリツがどんな格闘技かはさまざまな憶測を呼ぶことになる。投げ技があることから、もっとも有力なのは「柔術のこと」とする説だが、それ以外にも以下の説がある。
- 「武術」を「バリツ」と聞き間違えた
- イギリスの護身術バーティツのこと
- 人知を超えた魔術のような格闘技(東洋の神秘的なイメージが必要だった)
この憶測がどれもまた、一理あるからおもしろいのだ。
バリツ説1:武術の聞き間違え
まずは、ホームズが「"武術"の心得がある」といったのをワトソンが"バリツ"と聞き間違えたという説。
なるほど…たしかに、武術(bujitsu)とバリツ(baritsu)の読みは似ているし、ホームズシリーズはワトソンの一人称視点で展開される物語だ。聞き間違えとして、バリツという言葉が登場したとしてもおかしくはない。
この説に関しては、1950年に江戸川乱歩・吉田健一ら著名人によって東京バリツ支部が立ち上げられ、バリツ=武術説に関する論文が読み上げられたぐらいだ。
ちなみにこの論文を書いているのは、麻生太郎氏の曽祖父、牧野伸顕(まきののぶあき)である。
バリツ説2:イギリスの護身術「バーティツ」を表している
ホームズが復活した当時に創立したばかりのバーティツという格闘技が、バリツではないかという説も存在する。バーティツは日本の柔術とステッキ術などを組み合わせたイギリスの護身術で、実際にバリツと誤表記されたこともある。
なるほど…イギリス人のドイルが、日本の武道を参考に作られたバーティツを「日本の格闘技」と思ったとして、不自然なことはない。
またバーティツが開発されたのが1902年で、『空き家の冒険』の連載は1903年から。その目新しさからドイルが採用した確率はかなり高いのではないか。
というか柔術とステッキ術の組み合わせって…なんかすごくないか? 和風の洋食みたいなノリである。…めっちゃ気になるぞ!
以下は実際にバーティツの試合を映した動画だ。ステッキ術と素手の技は複合されているわけではなく、完全に分けて行われるのだな。
バーティツは一時教える者が誰もいなくなり、幻の技術になっていたが、2002年に国際協会が設立され、現在は再び学ぶことができるという。これで滝から落ちても大丈夫だ。多分。
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バリツ説3:バリツは東洋の神秘だった?
バリツの登場は、ホームズが生きていたことと、東洋の神秘を結び付けた結果だと考えることもできる。
バリツは、普通は生還できないような状況をもくつがえす、人知を超えた魔術のような格闘技である。その演出のために、ドイルは東洋のイメージを欲し、日本に白羽の矢が立ったということだ。
当時のイギリスでは、不可思議な術を使う人物として中国人が登場する物語が多かった。19世紀のヨーロッパは東洋の文化が知られ始めたころで、中国は未知の国。
そのためヨーロッパ人は中国人に対して、怪しいと同時に神秘的なイメージをもっており、推理小説に中国人を登場させてはいけないという、おかしなルールまで存在したほどだ。
たしかに魔術のような芸当が成立しては、名探偵でも歯が立ちそうにない。というか中国人マジで何者だよ…。
ということで、日本の出番である。
つまりホームズの奇跡の復活の演出に、中国の神秘的なイメージを使いたかったけど、それはダメだから、同じ東洋の日本を使ったということだ。
…このように、バリツにはさまざまな説が唱えられている。どれももっともらしくはあるのだが、筆者としては、説2.の「護身術バーティツのことを表している」という説を推したい。
イギリス人にとって身近で、当時目新しい存在であったバーティツは、ドイルにとっては一番題材にしやすいものだったはずだ。
【追加雑学②】ホームズは格闘技全般が得意。
訪れるはずだった死を回避するため、バリツという謎の格闘技の使い手になったホームズ。
しかしそれ以前から彼は格闘技にかなり精通していた。小説内での記述や、挿絵からのファンの憶測を含めると、そのラインナップは留まるところを知らない。
- ボクシング
- フェンシング
- 悪党制圧術
- レスリング
- ステッキ術
- 射撃
なかでもボクシングに関しては、アマチュアながらプロと対等に試合をした話もある。このとき対戦相手からは、プロになればいい線までいったと評価されるほどだ。
というか、なんでもできすぎだろ。ホームズのメインのスタイルは推理で事件を解決に導く頭脳プレーのはずなのだが…。
ちなみにロバート・ダウニー・Jrが演じる映画『シャーロック・ホームズ』はかなり格闘シーンの多い作品になっている。以下の動画はその映像だが、ホームズは犯人と戦っているわけではなく闘技場で試合をしているのだ。
なんで犯人でもない相手と戦ってるの? …闘技場って…あなた探偵だよね? とツッコみたくもなるが、ホームズはこのくらい強くても別に不自然ではないのである。
バリツの雑学まとめ
今回はシャーロック・ホームズが使う謎の格闘技バリツの雑学を紹介した。
バリツは作中で、ホームズの生還という重要な役割を担った格闘技だ。それ以上触れられることはなく、その後の物語の行く末を左右することもない。それでも多くの考察を繰り広げたファンの情熱に、改めて偉大な作品だと実感させられる。
もしホームズシリーズが現代の作品だったら、いろんなYouTuberが考察動画を出していただろうな。で、さらに激しくネタにされていただろうな。
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