現代で喪服というと、大多数の人は黒を思い浮かべると思う。普段の服装でも黒一色だと「なんだか喪服みたい」と言われることはないだろうか? それぐらい「喪服といえば黒」というのは一般的な認識だ。
だが、実は一般的に喪服の色が黒になったのは最近のことで、かつては白かったのを知っているだろうか?
いったいなぜ昔は喪服といえば白色が一般的だったのだろうか? これから紹介する雑学を知れば、亡くなった人に対する想いを感じ取れるかもしれない。
【歴史雑学】かつては喪服は白色。黒になったのは明治時代から
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1]日本で喪服の色が黒になったのは、明治時代からだぞ。[/st-kaiwa-9701]
【雑学解説】喪服の色が白だった理由はかつての色彩感覚から
喪服の色が白だったのは、当時の色彩感覚が関係している。昔の人は、白を「聖なる色」と考えていた。そのため、結婚式などのめでたい席はもちろん、神事でも白い衣装を着るのは、「神聖なイベントだから相応の色を身に付けなきゃ」ということから由来していると考えられている。
また、かつては葬式も神聖なものと考えられていた。亡くなった魂は穢れの無いものなので、敬意を込め、亡くなった人を送る色としても白が選ばれたのだろう。
ちなみに、古代日本のことが書かれている「日本書紀」にも、白い喪服に関する記録が確認されている。この他にも、格式高い家に嫁ぐ場合、嫁入り道具のひとつとして白い喪服を持っていく習慣もあった。
【追加雑学①】喪服=黒色になるまでの歴史
日本では、喪服の色は白と黒で交互に変わっている。
まず、初めて黒い喪服が登場したのは平安時代だった。とはいっても、黒い喪服の着用が定められたのは上流階級だけで、一般庶民は白い喪服を着用し続けていた。
その後、室町時代にまた白い喪服が着られるようになった。考えられる理由としては、白から黒に染める手間がかかることや、貴族が衰退してきたことが挙げられている。
今のように黒い喪服が一般化されたのは明治時代からだった。明治時代と言えば、西洋文化に追いつこうとしていた時代だ。そのため、西洋で一般的だった黒い喪服が日本に取り入れられたのだろう。
明治時代に黒い喪服が取り入れられた最初のころは、平安時代と同じく上流階級だけが着ているものだった。だが、日露戦争に突入して葬式の機会が増えていき、さらに白い喪服だと汚れが目立ってしまうことから、庶民にも黒い喪服が広まっていって今に至る。
こうして見ると、黒い喪服が当たり前になってからまだ150年ほどしか経っていないことが分かるだろう。思った以上に、黒い喪服の歴史は浅い。その理由が色彩感覚ではなく、西洋文化の真似や手入れの簡単さからというのも意外だ。
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【追加雑学②】現代でも、白い色の喪服を着ても問題ない
現代では黒い喪服が一般的なので、白い色の喪服を着ていくと「え? なんで葬式なのに白?」という反応が返ってくるだろう。しかし現代でも、白い色の喪服を着ても非常識ということにはならない。
2012年に歌舞伎役者の中村勘三郎さんが亡くなった際に、夫人の中村好江さんが白い喪服を着ていたことがあった。中村勘三郎さんの訃報はニュースにもなっていたので、見た人がいるかもしれない。
20秒あたりで、白い喪服を着て参列する中村好江さんを確認することができる。
このように、現代でも白い色の喪服を着る人はいるのだ。ちなみに、白い色の喪服でも特に女性が着ていると、「再婚はしない」という意味合いになるらしい。
雑学を知らない人から見れば、白い色の喪服は白い目で見られそうだが、実際は亡くなった人への愛情や想いが詰まった意味合いを持っている色なのだ。
【追加雑学③】白い色の喪服を着る国は?
日本以外で、現代でも白色の喪服を着る国を紹介しよう。
白色の喪服を着る国は、基本的にアジアの国だ。代表的なのが、中国や韓国。しかし、さすがに世界的に「喪服の色は黒」が一般的になった現代では、白か黒か選べるようになっている。
雑学まとめ
今回は、喪服の色についての雑学をご紹介した。神聖な色である白い喪服で亡くなった人を見送るのは、亡くなった人に対する敬意や愛情の表れなのかもしれない。
現代では白い喪服は少数派となっているが、実際に目にしたら、今回紹介した雑学を思い出してほしい。そして「なんで葬式なのに白で来てるんだろう」と疑問を持っている人がいたら、ぜひ教えてほしい。
黒い喪服でも白い喪服でも、亡くなった人への想いは変わらないのだ。
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