地方の大名が行列をなして江戸へ向かう大名行列。「大名行列が通り過ぎるまで、下々の者たちは土下座をして通り過ぎるのを待たなければならない」とか、「行列を横切ろうものなら切り捨てられる」といったイメージを持つ人は多いのではないだろうか。
しかし、そんな大名行列を、横切ってもセーフだった職業があったのだ!
偉い人たちの前を横切っても許されるなんて、どんな偉い職業だったのか…。今まで思っていた歴史の常識が覆される雑学を紹介しよう。
【歴史雑学】江戸時代に大名行列を横切ってもセーフだった職業は?
【雑学解説】産婆と飛脚が大名行列を横切ってもセーフな理由
なぜ産婆と飛脚は、お偉い方が勢ぞろいして歩く大名行列を横切っても大丈夫だったのか? まずは産婆の場合をみてみよう。
産婆は、生まれてくる赤ちゃんを取り上げる仕事だ。江戸時代では医療も現代のように発達していなかったので、産む側も生まれる側も命がけのことだった。
そのため、出産の知識のある産婆はなるべく早い到着が望まれる。大名行列が過ぎるのを待っている時間があるなら、一刻も早くお産の現場に行っておきたい。大名側も出産が大切なことなのはわかっているので、産婆が行列を横切るのを許していたのだ。
ちなみに、産婆が大名の前を通り過ぎるのがおもしろかったのか、
「大名を 胴切りにする 子安婆」
「先供を 婆が割って 静かなり」
と、産婆が大名行列を横切る様子をうたった川柳が残っている。
さらに、産婆は大名行列を横切ってもセーフということから、産婆に成りすまして大名行列を横切る者がいたというおもしろい記録もあった。さすがにウソがばれてしまい罰せられたそうだが…。
さて、産婆は命に係わる職業だから大名たちの前を横切ってもセーフなのはわかるが、それではなぜ飛脚も許されたのだろうか?
実は飛脚にはいろんな種類があって、町人たちが利用する他にも、大名たちのような偉い身分の人が利用することもあった。さらに飛脚は重要書類の他、金品などの貴重品も取り扱っている。
大事な荷物をなるべく早く届ける職業なので、産婆と同じく、大名行列を横切ってもセーフになっていたのだ。
ただ、産婆も飛脚も「大名たちの邪魔をしない良識の範囲内で横切る」という条件はあった。強引に「うおぉ! どいてくれぇぇ!!」 と割り込むのはさすがにアウトで、「すみませんがちょっと通してくださいね」ぐらいならセーフといった感じだ。
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【追加雑学】大名行列では必ずしも土下座をする必要がなかった
大名行列を横切ってもセーフな職業があったことも驚きだが、実はもうひとつ、大名行列に関する驚きのトリビアがある。それが、大名行列では必ずしも土下座をする必要がなかったということだ。
よく時代劇などで「大名行列だ!」 という感じで民衆が土下座をして行列が過ぎるのを待っていることがあるが、実際はすべての大名相手に土下座をしていたわけではない。
土下座をして大名行列が過ぎるのを待つ必要があったのは、将軍家や徳川御三家(尾張・紀州・水戸)のみ。それ以外は別に邪魔をしなければ立ったまま見ていても良かったのだ。
むしろ「おっ。大名行列じゃん」といった感じに、娯楽のように見物していたそうで、浮世絵にもその様子が描かれているものがある。
この雑学から、時代劇の大名行列のシーンで、将軍家や御三家ではない大名相手に土下座をしているのは、一種の演出であることがわかると思う。逆に立ったまま見物していると「時代考証がちゃんとできているなぁ」と感心できる。
雑学まとめ
大名行列についての雑学を紹介したが、いかがだっただろうか。「横切ろうものなら切り捨てられる」と思われがちな大名行列だったが、意外にも例外はあったようだ。産婆も飛脚も大切な仕事なので、邪魔をしないという条件はあったが、大名側も特別にセーフ扱いとする心の広さはあったことがわかる。
さらに大名行列では、将軍家と御三家以外は立って見物して良いというのも驚きだ。私はこれまでの大名行列のイメージから、庶民にとって大名は恐ろしい存在だったのかもしれないと思っていたが、実際はそうでもなかったのかもしれない。
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