オリンピックの金メダルは、言い換えれば世界一の勲章だ。金メダリストたちは一体どんな心境で表彰台に上がるのだろうか。凡人の筆者には想像すら及ばないが…。
歴代の金メダリストの中には、そんな内心をわかりやすく表現してくれている人物がいる。その人物はなんと、初めて手に入れた金メダルを湖に向かって放り投げてしまったというのだ!
…一体どんな気持ちで放り投げてしまったのだろうか。今回の雑学で真相に迫ると同時に、悲しいその出来事をバネに活躍したその人物像が浮かび上がってきたぞ!
【オリンピック雑学】五輪第16回大会で、金メダルを湖に投げてしまった男のスゴさ
【雑学解説】見事3連覇を果たしたヴィアチェスラフ・イワノフ
金メダルを湖に放り投げてしまったのは、1956年の第16回メルボルン大会にて、ボート・シングルスカルで優勝した、ソ連のヴィアチェスラフ・イワノフという選手だ。
彼は何も「こんなもの、いらん!」といって、メダルを放り投げたわけではない。初めてメダルを手にした喜びから「やったー!」と真上に放り投げたのだ。胴上げをイメージしてもらえればわかりやすい。
真上に放り投げたメダルは、当然自分の手の中に戻ってくるはずだった。しかし、よほどのノーコンだったのか、メダルの重量が災いしてかはわからないが、メダルは予想外の軌道を描き、湖に沈んでしまったのだ。
イワノフは湖に飛び込んでメダルを探したというが、それでも見つからなかった。金属なのだから、沈むのも早いだろう…。競技が行われたウェンドリー湖の底には、今もまだ彼のメダルが沈んでいるはずだ。
思わずメダルを胴上げしてしまうほど嬉しかった金メダルだ。その分イワノフの落胆具合も目に浮かぶ…。気の毒に思ったIOC(国際オリンピック委員会)は、後日イワノフに新たにメダルを贈ったという。
この出来事から、60年に行われたローマオリンピック、64年の東京オリンピックでも立て続けに金メダルを獲得したイワノフ。
メダルはなくしてしまったが、そのときの嬉しさが消えることはない。後の大会に挑んだ際も「あの喜びをもう一度味わいたい!」という気持ちはあったはずだ。
束の間の喜びだったとしてもこの出来事は、見事3連覇を果たした彼に力を与えていたのではないだろうか。
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【追加雑学】モハメド・アリも金メダルをなくしている
金メダルを放り投げた逸話で、もう一人有名な人物といえば、元ボクシング世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリだ。最も彼は金メダルを獲得した喜びからではなく、アメリカの根強い人種差別への怒りから、オハイオ川へ金メダルを放り投げた。
アリは1960年の第17回ローマ大会、ボクシングライトヘビー級にて金メダルを獲得。彼は故郷へ戻ると、パレードや市長主催の祝賀会にも参加した。
当時アメリカには黒人差別がはびこっており、アリもその被害を少なからず受けていた。彼はメダリストとなった自分への待遇から「金メダルがきっと、人種差別も変えてくれる」と確信していたという。
しかしアリが白人専用レストランを利用しようとしたときのこと、彼が金メダルを見せても「黒人はお断りだ」と入店を拒否されてしまう。怒り狂ったアリは、帰り道で「レストランで食事をできるだけの価値もない」といって金メダルを投げ捨てるのだ。
アリはその後、ボクシングで偉大な功績を残すと同時に、人種差別の撲滅や平和を訴える活動にも、献身的な働きを見せた。湾岸戦争でフセイン大統領にアメリカ軍捕虜の解放を直訴したことなどが、顕著な例だろう。
そして1996年のアトランタオリンピックでは、聖火ランナーとして走った彼に、なくしてしまった金メダルのレプリカが贈呈される。人種差別の怒りからなくしてしまったメダルが、36年の時を経て戻ってくるとは…。「あなたの働きで、世界は当時から大きく変わった」とでもいうかのようだ。
逸話の真意については、インタビューされた本人も口を閉ざしているが、どちらにしても彼が差別問題の解決や平和に貢献した事実は変わらない。
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雑学まとめ
今回の雑学はいかがだっただろうか。ヴィアチェスラフ・イワノフは金メダルをなくしてしまったが、そこから破竹の勢いで3連覇を遂げてみせた。
そして同じように金メダルをなくしてしまったモハメド・アリにとって、その出来事は彼が差別問題と戦っていく大きな決意となった。
まさに彼らにとってはメダルをなくしたことが、原動力になったように思える。「悲しいことも捉え方次第で、原動力に変えていける」という教訓がこれらの逸話には込められていた。