ミイラというと、エジプト文明の歴史の中でも神聖なものだという印象が強い。そもそも神聖なものとして祀る以外に、使い道などないもののように感じる。
しかし、ミイラの歴史を辿ると、時代ごとに私たち日本人には想像もできないような用途がたくさんあるのだ。ある意味では、より人々の生活に寄り添う存在になっていった…ともいえるだろう。
今回はそんなミイラに関する、驚きの雑学を紹介しよう。
【歴史雑学】ミイラは使用方法。汽車の燃料や絵の具として使われていた
【雑学解説】時代と共に変化していったミイラの使用用途
古くから神秘的な力があると考えられ、死者を後世まで残すなどの目的で作られてきたミイラ。しかし何千年と時代が流れるうちに、人々の中でその認識は変わっていく。単に死者を祀るものではなく、二次利用できないかと考えられるようになったのだ。
12世紀頃には、ミイラを材料にした絵の具が画家たちの間で流行した。ミイラを細かく砕き、油ワニスや琥珀ワニスといった塗料と混ぜて、薄い茶色の絵の具にするのだ。人の死体で絵を描くなど、いかにも趣味が悪いような気もするが…。
また、18世紀頃には、なんと汽車の燃料や工場の石炭の代替え品としてミイラが使われるようになる。
古代エジプトにおいてミイラを作る際には、遺体を巻く包帯に「松やに」を染み込ませる文化があった。元々は死体の防腐剤の役割で行われていたのだが、この松やには樹木から摂れた天然の油のため、非常に燃えやすく、燃料には最適なのだ。
特に貴族のミイラには松やにが多く含まれるため、よく燃えるという。汽車の運転手から「このミイラはだめだ! 貴族のミイラもってこい!」という言葉が発せられるようなこともあったのだとか…。
かなり罰当たりな気がするが、この時代の人たちにとっては、どこの誰かもわからないミイラである。単純に神聖なものとは考えられないのも、わからなくもない。しかしそれにしても、ちょっと合理主義すぎないだろうか…。
【追加雑学①】ミイラの二次利用方法とは?
汽車の燃料や絵の具の時点ですでに驚かされるが、その他にも、さまざまな方法でミイラが二次利用されてきた例がある。
ミイラは万能薬になる?
丁度ミイラが絵の具として使われていた12世紀頃のこと、ヨーロッパの人々はアスファルトが万能薬になると考えていた。そしてミイラの製造過程でもアスファルトが使われていたことから、ミイラをすり潰した粉が万能薬として売られていたことがあるのだ。
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アスファルトを飲むなんて、現代の常識で考えれば身体に害だとしか思えない…。
また、エジプトでは、ある翻訳家が医学書を誤訳し、乾燥した人体が万能薬になると広まったことがあった。しかしミイラで作られた薬によって死亡する人もいたため、すぐに使われることはなくなったのだとか。医療の進歩に犠牲は付き物…なのか?
この他に医学関係だと、ミイラの肉体を調べる事によって、遺伝病の解析につなげられた例もある。
紙の原料や肥料などにも…
ミイラに巻いている包帯は亜麻でできており、14世紀頃には、これを紙として再利用していた。しかし、松やにが染みた包帯はなかなか漂白できず、褐色の色合いが残るので、用途が限られてくる。多くは肉やチーズなどの包み紙に使用されたという。
また、19世紀にエジプトのベニ・ハッサンから発見された30万体の猫のミイラは、イギリスに肥料として輸出されていた。土に帰ると考えれば、自然な形で利用されたと捉えられなくもないか…。
インテリアとして
ヨーロッパには、部屋に動物の首や鳥のはく製を飾る習慣がある。これは、19世紀のフランス皇帝・ナポレオンがエジプトからミイラ化した首を持ち帰り、飾ったことが始まりである。
そのときに同行していた学者たちが作った「エジプト誌」によって、後世にミイラを飾る習慣が広まったのだ。
考えてみれば動物のはく製も立派なミイラなのである。しかしあからさまに「ミイラ」といわれると、部屋に飾るのはいかがなものかと思ってしまう…。
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【追加雑学②】苦行!日本のミイラ「即身仏」
807年に唐朝より帰国した空海により日本に入ってきた考え方で、仏教に伝わる最も厳しい修行のひとつに「即身仏(そくしんぶつ)」という修行法がある。この修行では読経しながら絶命することで、ミイラになることを目指す。
即身仏は悟りを開く究極の修行であり、「死は終わりではなく永遠の命を得ること」という教えからくるものだ。具体的にどのようにミイラになっていくのか順を追って説明していこう。
- まずは死んだ後に腐敗しないように穀類を絶ち、木の皮や木の実などを食べて命を繋ぎながら、身体の水分や脂肪を減らしていく。これを木食修行(もくじきしゅぎょう)という。
- 次に地面に穴を掘り石室を築き、空気を取り入れるための竹筒が地上にでるようにした棺を入れる。行者は生きたまま埋められると、その中で断食をしながら読経し、鐘を鳴らし続ける。これを土中入定(どちゅうにゅうじょう)と呼ぶ。
- 鐘の音がしなくなったら、息絶えたということで地上に掘り出され、またすぐ埋められる。それからまた1000日後に再び掘り出され、そのころにはミイラ化している…といった具合である。
場合によっては、土中入定する前に漆(うるし)を飲み、嘔吐や発汗を促して、残された水分を絞り出すこともあったようだ。また漆の樹液には細菌やウジなどの繁殖を抑える効果もあるので、防腐剤としての役割も果たしていた。
ここまでしても死後腐敗してしまい、ミイラ化に失敗することがほとんどだという。聞くだけでもこれだけ凄まじい内容だ…修行に挑んでも、徹底できる人はきっと稀だったのではないだろうか。
日本に現存する即身仏のミイラは17体。山形県に続き、新潟県に多く現存されている。機会があればぜひ見に行ってみたいものだ。
【追加雑学③】エジプト博物館で公開!叫ぶミイラ!
2018年にエジプト博物館にて一般公開された「叫ぶミイラ」。以下はニュースで取り上げられた際の映像だ。一体何を叫んでいるのだろうか…?
なんとミイラは第20王朝のファラオ・ラムセス3世を暗殺し、処刑されたペンタウアー王子のものだった。悲痛な表情が処刑のむごさを物語り、当時の人々の憎しみを垣間見せている…。
ミイラは神聖なものだという印象が強い中、このような個体が公開されたことは、人々に大きな衝撃を与えただろう。
雑学まとめ
ミイラに関する、驚きの雑学を紹介してきた。時代をさかのぼれば、いわば死体であるミイラを汽車の燃料や絵の具に使う…また薬として服用するなど、我々日本人には考えられないようなことが事実として行われていた。
やはり罰当たりな感じがしてしまうが、文明の発展という形で、ある種ミイラになった人々の死が報われたと捉えることもできる。