フランスの代表的な美術館・ルーヴル美術館。そこにはレオナルド・ダ・ヴィンチ作の「モナ・リザ」や、エーゲ海のミロス島で発掘された「ミロのヴィーナス」といった、世界的に有名な芸術品が数多く揃っている。
その芸術品の中に、ジャック=ルイ・ダヴィッドが描いた「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」という絵画が収められていることをご存知だろうか。日本では通称「ナポレオンの戴冠式」のタイトルで馴染みのある絵画だ。
幅10mという巨大なキャンバスに大勢の人物が描かれながら、ナポレオンの存在感が著しく輝いて見えるこの絵画。実は2枚存在しているという。1枚はルーヴル美術館、そして2枚目はなんとヴェルサイユ宮殿の中に飾られているのだ!
これらの絵画には、それぞれ微妙な違いがあるというが…そもそもなぜ2枚存在するのだろうか? 今回はその謎について解説していこう。
【歴史雑学】「ナポレオンの戴冠式」の絵が2枚ある理由とは?
【雑学解説】2枚の「ナポレオンの戴冠式」の絵の違いとは?
さて2枚あるという「ナポレオンの戴冠式」の絵、実際にどのような違いがあるのかを見ていこう。
ルーヴル美術館に飾られている1枚目に描かれたものがこちら。
美術に詳しくなくても、見たことがある方も多いのでは? ナポレオンが妻のジョセフィーヌの頭に王冠を乗せる瞬間を描いたこの絵は、1804年にナポレオン本人がダヴィッドに制作を依頼し、4年という制作期間の後に完成させたものだ。
幅10m、高さ6mほどのキャンバスに数多くの人物が描かれており、その大きさはほぼ実寸大。ナポレオンもそのリアルな完成度に感激したとか。
そして、次に紹介する絵がヴェルサイユ宮殿にかけられている2枚目の「戴冠式の絵」だ。すぐに絵を見たい方は16分辺りまでスキップしていただきたい。
ルーヴル美術館の絵とは違いがあるというが…一見してわからないくらいにそっくりな絵である。これがダヴィッドのスキルというやつか…。
しかし実は、2箇所明らかに違う部分が存在するのだ。どこかわかるだろうか? 2つの動画を一時停止してよく見比べてみよう。
…正解はヴェルサイユ宮殿のものが、皇妃のマントを持つ2人の女性の、その後ろに並ぶ5人の女性のうち、左から2番目の女性がピンク色のドレスということだ。
もちろん実際このような式典に、ピンク色のドレスを着て参加するなんてありえない。しかしダヴィッドはわざとピンクのドレスを着せたのだ。
もうひとつはナポレオンの奥の椅子に座った女性に違いがある。この女性はナポレオンの母親なのだが、ヴェルサイユ宮殿の方の絵はヴェールを被った姿で描かれている。なぜあえてこのような違いを作ったのだろう?
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「ナポレオンの戴冠式」の絵に違いを作った理由とは?
実はこの時代の法律で、オリジナルの複製絵画を制作する際は必ず、1箇所以上違うものに変えなければいけないルールがあったのである。そのために、ヴェルサイユ宮殿の絵はピンクのドレスを着たり、ヴェールを被った女性がいるというわけだ。
ちなみになぜ2枚目が描かれたかというと、とあるアメリカの事業家に同じサイズで制作するように依頼されたからだ。この時代は人気がある絵は複製品が多く制作されていたので、不思議なことはないのである。
しかし何がすごいって、2枚目の絵に関して、ダヴィッドは記憶を頼りに描いたとされていることだ。彼の画家スキルには驚きを隠せない…!
【追加雑学①】「ナポレオンの戴冠式」の絵には誰が描かれてる?
さて、たくさんの登場人物が描かれた「ナポレオンの戴冠式」。キャンバスの中には200人以上、実在の人物が描かれている。
この中にどのような人物が描かれているか、みなさんはご存知だろうか? ここからはその一部を紹介をしていこう。先程の動画を一時停止させながら解説を読んでいただければ、よりわかりやすいはずだ。
まず、中央で王冠を高く掲げているのはナポレオン。その前で頭を下げている女性がナポレオンの妻・ジョセフィーヌだ。これはおわかりだろう。
ナポレオンの奥の椅子に座る女性が、先ほどヴェールを被っているか否かの違いがあると解説した、母・マリアだ。実は彼女はナポレオンが皇帝となることに大反対をしていたため、実際にはこの場にはいなかった人物である。
ナポレオン自身、母親が不在というのも気分が悪かったのだろうか、ダヴィッドに母親を描いてほしいと注文をしたそうだ。
そして実は、この場にいなかった人物がもうひとりいる。
それが画面左の黒い帽子を被った、後ろ姿の男性。この男性はナポレオンとケンカ中であったために式典を欠席している、兄のジョセフだ。
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皇妃の後ろに5人並んだ女性は左から3人目までがナポレオンの妹たちで、カロリーヌ・ポーリーヌ・エリザという。2枚目の絵でピンクのドレスを着ていたポーリーヌは、特にナポレオンのお気に入りだったそうだ。
また母・マリアの席のさらに後ろに観客席があり、この最前列左から2番目に座る人物は、この絵を描いたダヴィッド本人である。一生懸命に、この場面をスケッチしていることが確認できる。
最後に、ナポレオンの後ろの椅子に座る杖を持った人物は、ローマ教皇であるピウス7世だ。この絵ではナポレオンたちを祝福しているように描かれているが、実はこの教皇、少々複雑な気持ちで椅子に座っているのである。
【追加雑学②】「ナポレオンの戴冠式」なのに妻のジョセフィーヌの戴冠の様子が描かれている理由は?
教皇が複雑な気持ちでいた理由…それには、なぜこの絵に皇妃ジョセフィーヌの戴冠の様子が描かれているのかを聞けば納得がいく。
実はこの戴冠式のとき、ナポレオンはわざわざ教皇にローマから赴いてもらったにも関わらず、教皇から戴冠されるべき王冠を自分で手に取り、自分で頭に乗せているのだ! それはもう教皇としても立場が無い。複雑な気持ちにもなるというものだ…。
実際にダヴィッドも初期のスケッチでは、椅子に座りしょんぼりとしている教皇の前で、堂々と自分の頭に王冠を乗せようとしているナポレオンを描こうとしていた。
「フランスの皇帝は俺様、ナポレオン様だ! 俺より上はいないぜ」といわんばかりの堂々たる様子を描いた絵画になる予定だったのだ。
しかし皇妃ジョセフィーヌが、「挑発的すぎるからやめてくれ」と頼んだことで、彼女の戴冠の様子が描かれた絵になった、というわけである。
雑学まとめ
「ナポレオンの戴冠式の絵」が2枚ある理由は、同じサイズの複製画を注文されたからで、違う箇所が存在することには当時の法律が絡んでいた。
しかし…ナポレオンが自分で冠を被るシーンが描かれた絵が完成していたら、それはそれで衝撃的な作品になっていただろう。正直、ちょっと見てみたかった気もする。
ちなみにこのオリジナルの絵は、完成してから数ヶ月後にナポレオンとジョセフィーヌが離婚したため、すぐに取り下げられ、ダヴィッド自身が保管することになったとか…なんてこった…。