日本一有名な犬・忠犬ハチ公。「ハチ」という名前の由来は、「8兄弟だったから」・「八という漢字が末広がりで縁起がよかったから」・「まだ子犬で後ろ足が八の字にぺたんとしていたから」…など諸説がある。
対して、日本一有名な猫といえば、『吾輩は猫である』の「吾輩」だろう。こちらもモデルが実在しているが、あいにくその名前は広く知られていない。「名前はまだない」という「吾輩」と同じく、モデルとなった猫も生涯名前はなかった。
いや、なかったこともない。あるというにはあるのだが…。今回はそんな『吾輩は猫である』のモデルの猫についての雑学をご紹介しよう!
【歴史雑学】夏目漱石の「名前はまだない猫」には呼び名があった?
【雑学解説】「吾輩」の名前は「猫」!漱石と愛猫の絆
漱石の家に小さな子猫がやって来るようになったのは、明治37年(1904年)のこと。猫嫌いの妻・鏡子(きょうこ)は、いつも子猫をつまみ出していたのだが、漱石は「そんなにうちが好きなら置いてやったらいいじゃないか」と飼うことに決めたのだ。
当時の漱石は小説家を夢見るものの、原稿料だけでは食べて行けず、大学の講師として生計を立てていた。
作家として思うように売れない歯がゆさや、英国留学で患った神経衰弱を抱えていた漱石にとって、可愛い子猫の存在はどれほど救いになったことだろう。
名前らしい名前こそつけられなかったものの、「猫、猫」と呼ばれて可愛がられた子猫は、頭のてっぺんから爪の先まで真っ黒な猫だった。
黒猫は不吉だなんていわれたりもするが、これは後に欧米から入ってきた文化である。当時の日本では、全身真っ黒な猫は縁起のよい「福猫」だとされていた。
夏目家の飼い猫となって1年後、早くも「猫」はその福猫っぷりを発揮する。漱石が友人の勧めで「猫」をモデルにした小説を発表したところ、これが大ウケ! これこそが漱石の処女小説であり代表作の『吾輩は猫である』だ!
念願の小説家デビューを果たした漱石は、これを皮切りに『坊っちゃん』・『三四郎』などを発表し、創作活動に意欲を燃やしていく。
しかし、残念ながら「猫」は明治41年(1908年)9月13日に死んでしまう。漱石は友人らに宛てて「猫の死亡通知書」を送り、ミカン箱に寝かせた「猫」の亡骸を、書斎裏の桜の木の下に丁重に葬った。
漱石は自ら墓標を作り、妻の鏡子も月命日には必ず墓前に鮭の切り身と鰹節ご飯を供え、子供たちと共に手を合わせたという。
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【追加雑学】あの文豪は犬派?猫派?
漱石に限らず、ペットと暮らしていた文豪は多い。なかでも興味深いエピソードを持っている文豪を紹介しよう!
犬派:川端康成
ノーベル賞作家・川端康成は、実は大変な愛犬家としても有名。柴犬など日本伝来の犬種はもちろん、グレイハウンドやテリアといったハイカラな犬種もたくさん飼っていた。
そんな彼が著したのが『わが犬の記、愛犬家心得』だ!
「放し飼いにするな」・「一時の気まぐれで犬を迎えるな」といった当たり前のことはもちろん、「犬を飼うというより育てると思え」・「病気の治療法を学ぶ暇があるなら予防せよ」など、犬を飼ううえで大切な心構えが、11箇条に渡って提唱されている。
これは現代の愛犬家も肝に銘じておきたいところだ!
犬派:志賀直哉
無類の動物好きで、数多のペットと暮らした志賀直哉だが、一番はやっぱり犬だった。衝動買いすることもたびたびあったが、お眼鏡にかなわない「駄犬」と判断すると、知人に押し付けたり捨てたりすることも…。もしや『愛犬家心得』を読んでいないのか?
一方で、お気に入りの犬が迷子になると、自転車で何時間も探し回って連れ帰る。乗っていたバスの窓から行方不明だった愛犬を見つけると、すぐにバスを停めさせ走って追いかける…など、犬によっての対応が真逆だった。
わりと特殊な犬好きの例かもしれない。
猫派:三島由紀夫
著作だけではなく、割腹自殺という壮絶な最期でも日本文学史にインパクトを与えた三島由紀夫。
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彼は「心の支えは猫」と言い切る猫派の鑑だった。
独身時代は襖をぶち抜いて猫専用の出入り口を作り、愛猫に見守られながら仕事をするなど、大好きな猫との生活を存分に謳歌していた。しかし悲しいかな、結婚した奥さんが猫嫌いだった。
漱石のようには奥さんを説き伏せられなかったようで、結婚してからは猫を断念している。
幸い実家が猫を飼っていたため、しばしば遊びに通っていたという。
雑学まとめ
今回の雑学はいかがだっただろうか。漱石にとって「猫」は愛猫であると同時に、人気作家となるきっかけをもたらしてくれた恩人ならぬ「恩猫」だったのだ。
ちなみに「猫」の後、漱石は新たに猫を2匹迎えるが、いずれも「猫」とだけ呼ばれたそうだ。名付けに関心がなかったという説もあるが、筆者は初代の「猫」にあやかった気がしてならない。
いかにもインテリで融通のきかなさそうな文豪たちが、ペットを溺愛している図を想像すると、なんだかほっこりしてしまった。いつの世もペットはいいものである。
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