納豆とは皆さんご存知の通り、大豆を発酵させた食べ物で、独特のねばねばが特徴の日本食だ。ご飯に納豆をかけるのが定番の食べ方だが、納豆チャーハンや納豆パスタなど食べ方のバリエーションは多い。
そんな納豆だが、どのようにして誕生させたのだろう。豆はそのままで食べられるのに、わざわざ腐らせるとはなにごとだろうか? 気になったので、今回はこの雑学について調べてみた。
【食べ物雑学】納豆の誕生秘話
【雑学解説】諸説あるがどれも確たる証拠はない
納豆の起源と断言できる説はないが、納豆の起源だと考えられる説をいくつかご紹介する。
まずは、奈良時代に唐(当時の中国)から、仏教を伝えるために日本にはるばるやってきた鑑真和尚が納豆の製法も伝えたという説。鑑真和尚は、何度も遭難しかけながら船で日本まで到達したのだから、とても立派だ…。
また、平安時代に源義家が納豆を発明したとの説もある。義家は朝廷の命を受け、後三年の役(1083年~1087年)を鎮圧するため、奥州(東北地方)に出向いたのだが、そこで納豆は誕生したという。
なんでも戦のさなか、兵糧(食料)として集めた大豆を煮ていたところ敵に襲われたため、煮た豆を藁に詰め、馬の鞍(クラ)に括り付けて応戦したのだそう。
そして戦いが終わり、後日藁をあけてみると、煮豆が異臭とともに糸を引いていたのである。兵士は「腐った豆」として捨てていたが、義家はそれを口に入れ、食べられるものだと気づいた。これが納豆のはじまりだという説だ。
本当であれば、さすが名将軍源義家。みんなが捨てているものを食べるとは、目の付け所が違う…。
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ほかにも、日本の文献においてはじめて納豆(糸引納豆)が現れたのは室町時代であるため、もしかしたらそのころに、鉄砲やカボチャなど南蛮物のひとつとしてジャワから伝来した可能性もあるとのこと。
さらに、千利休が厩(うまや)の藁に落ちていたカビから納豆を発明したという説や、聖徳太子が愛馬に与えていた煮豆をもったいないからと、藁に包んでいたら自然発酵して糸引く豆になったという説もある。
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【追加雑学①】納豆の名前の由来
こちらも起源同様、いくつか由来がある。
有力なのは、僧侶が寺院で出納事務を行う「納所」という場所で、豆を壺などに貯蔵して作られたため、納所で作られた豆というわけで、納豆とネーミングされたという説。
また、神棚に備えられた煮豆が、しめ縄に付着していた納豆菌のおかげで納豆に変化したため、(神に)納めた豆で、納豆という説もある。
さらに、もともとは大豆を腐らせた食品を豆腐と呼び、大豆を四角い箱に詰めて絞った食品を納豆と呼んでいたのだが、中国から日本に伝来する際に、これが入れ替わって伝わったという説もあり、これは信ぴょう性が薄いと考えられている。
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【追加雑学②】納豆は夜に食べるのが一番からだにいい
納豆は一般的に、朝食べる食品だと考えられているが、実は夜食べたほうがからだにいいのだ。納豆を夜に食べるとなんと、朝の目ざめがすっきりするらしい。
納豆に含まれる「ナットウキナーゼ」という成分には血液をサラサラにする効果があるのだが、これは食べてからすぐ効果が出るのではなく、食後10~12時間にわたって働き続けてくれる。
つまり夜に納豆を食べれば、寝ているあいだに血液の流れが良くなり、朝の目ざめも良くなるのだ!
雑学まとめ
今回の雑学はいかがだっただろうか。納豆の起源だとされる説はいくつもあるのだが、確たる説は明らかになっていない…。
しかも、それぞれの説の年代の幅は広く、聖徳太子から千利休まで、その幅は千年近くもある。このように大まかな年代さえ確定できないのだから面白い。
さらに場所も明らかになっておらず、中国から伝わった説・日本で生まれた説・南蛮から伝来した説などさまざまである。