「芸能人は歯が命」というキャッチコピー、聞いたことがある人も多いと思う。現在では、白く輝く歯が美しいとされている。歯のホワイトニングエステもあるくらいだ。
では、「お歯黒」というものをご存知だろうか。やったことのある人は…まあいないだろう。ひと昔前に流行った「ガングロ」の仲間というわけではない。お歯黒は明治時代に禁止されたので、現在もやっている人を見たことがあるという方もいないはず。
お歯黒とは文字通り、歯を黒くする風習のことだ。にこりと笑った口から見える黒い歯は、ちょっと怖いものに見えてしまうのだが…昔の人はなんのために歯を黒くしていたのか。
それこそガングロみたいに、女性のあいだで流行したファッションのようなものだったのか?
調べてみたら、お歯黒にはちゃんとした意味があり、しかも虫歯の予防にもなっていた! 今回はそんなお歯黒についての雑学をご紹介する。
【歴史雑学】お歯黒は虫歯予防になっていた
【雑学解説】化粧の一環だったが、お歯黒は現代の虫歯予防成分の前身!
まずは、お歯黒に使われる材料を説明しよう。海外にもお歯黒の風習はあったようだが、日本のお歯黒の材料は「五倍子粉(ふしのこ)」と「鉄漿水(かねみず)」がメインで、これらを混ぜると化学反応で黒くなるそうだ。
五倍子粉とは、葉っぱにアブラムシが寄生してできる「虫こぶ」を乾燥して粉状にしたもので、タンニンという渋み成分が主成分。虫こぶの中は空洞で、中には無数のアブラムシがいるという…。
え、ちょっと。考えるだけでも恐ろしい…。いくら乾燥させてすりつぶすからって、元は虫だったものを口に入れるなんて! ちなみに、乾燥してすりつぶしたものはきな粉に似ているらしい。
鉄漿水は家にあるものでできる。米のとぎ汁にお茶・酢・酒を混ぜたものに、サビのついた古い釘などを入れて冷暗所に保管。数か月で発酵して茶色い液体になる。酢酸第一鉄というのが主成分のようだ。
え、待って。めちゃくちゃ怪しい液体なんだが。これを口に入れるなんて…。しかもめっちゃ臭いらしい。歯に塗る前に沸騰させるため、さらに臭くなるとか。
一番初めにこれを歯に塗ろうと思った人、すごすぎ。
虫いっぱいの粉とクサイ液を歯に塗ると…?
五倍子粉の主成分であるタンニンは、歯や歯肉のタンパク質に作用して固定し、細菌による溶解を防ぐ。また、鉄漿水の主成分である第一鉄は歯のリン酸カルシウムに作用して、酸に強くする。
さらに第一鉄は呼吸によって酸化され第二鉄になり、タンニンと結合して耐溶性の物質となって歯をコーティングする。細菌との接触を防ぐ働きをするのだ。
現代の歯医者さんで塗布してくれる「フッ化ジアンミン銀製剤」は、このお歯黒をもとに作られているとのこと。
お墓などから掘り起こされた歯でお歯黒がついているものに虫歯はほとんどなく、お歯黒を付ける前に虫歯になった人も、お歯黒を付けた後は虫歯の進行が止まっていたそう。
お歯黒はかなり強力な虫歯予防剤だったのだ!
さらに虫歯になりにくい要素が…
前述した五倍子粉や鉄漿水は、歯垢が付いているときれいに黒く染まらなかったようで、江戸時代の女性は毎日楊枝で丹念に歯垢を取り除いていたという。
現代の歯ブラシを使った歯みがきと同じことを、江戸時代ではさらに念入りに行っていたということで、これも虫歯の予防にかなり役立っていたのだ。
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【追加雑学①】江戸時代の人は鉄漿水・五倍子粉をどうやって作った?
科学の発達していない江戸時代に、鉄漿水や五倍子粉のような物質をどうやって作っていたのだろう。
まず鉄漿水から説明すると、これは以下の材料を混ぜ合わせ、数ヶ月寝かせた液体を使っていたとのこと。
- 焼いた古釘
- お茶
- 麹
- 塩
- みりん
- 砂糖
- 水飴
これがシンプルにいうと「酢酸に鉄を溶かしたもの」になるわけか…。鉄分の正体は古釘。まさしくそのまんま鉄である。
そして五倍子粉は、ウルシ科のヌルデという植物にアブラムシが寄生し、その刺激によってできる「虫こぶ」というものを乾燥させて粉末にしたものだ。…なんか逆に虫歯になりそうなイメージだぞ。
以下の動画が例の虫こぶだ。まるで果実がなっているようにも見えるが、これがアブラムシが寄生することで変質した樹木の一部というから驚かされる。ちなみに五倍子粉は衣類などを黒く染色するのにも使われるぞ。
【追加雑学②】お歯黒は純愛の誓い
お歯黒が生まれたのは紀元前10世紀ごろ、弥生時代の話で、もともとは貴族にしか許されない贅沢品とされていた。それが江戸時代になると庶民に広がるわけだが、このファッションをしていたのは既婚女性だけである。
なぜ既婚女性だけなのか? それはお歯黒が江戸時代の庶民の間で「純愛の誓い」とされていたからだ。
なんでも「白はほかの色に染まってしまうが、黒はほかの色には染まらない」というところから、「あなた以外の男には染まらないわ」という意味で既婚女性たちが歯を黒く染めだしたのだという。
うわー…イカスミ食べたとか、全部虫歯みたいとか言ってごめんなさい…。そんなに健気な想いが込められていたとは! 昔の化粧には単なるオシャレ以上の意味があったのだな。
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【追加雑学③】お歯黒の起源と歴史について
虫歯予防にとても効果的なお歯黒だが、本来の主な目的はそれとは別にあった。
お歯黒の起源
歯を黒く染めるという風習がいつ頃から始まったのか、明確に記されているものはないようだ。しかし、3~7世紀頃の古墳時代の遺跡から出土した人骨には、お歯黒を施した形跡が見られる。
また、お歯黒をしたハニワも見つかっているそうだ。
お歯黒の歴史
なぜ歯を黒く染めたのか。それは、昔は漆黒が美しい色とされていたからというのが理由のひとつ。
顔をおしろいで白くしたり唇に紅をひいて赤くしたりするのと同じように、化粧の一環として歯を黒くしていたようだ。また、歯を黒くすることで目立たなくなり、優しげな顔つきになるらしい。
時代が進むと、貴族や武家など身分の高い姫の成人の証(成人といっても、12歳とか)として行われるようになった。身分の高い武将は、討ち取られて首を斬られたときに見苦しくないようにという理由で、男性でもお歯黒をしていたそう。
一般人では、男性はしていなかったが女性は身だしなみとして歯を黒く染めていた。
江戸時代になると、めんどくさいからとかニオイがやばいからという理由で、若い女子はお歯黒をしなくなった。結婚した女性は、前述の通り、既婚のしるしとしてお歯黒をしていた。
そして、明治時代にお歯黒禁止令が出て徐々にすたれていき、大正時代にはお歯黒をしている人はほぼいなくなった。
簡単にお歯黒になれるアイテム
現代では、歯を黒く染めるのは演劇や一部の花柳界、お笑いのネタなどでしか見られないと思う。もしお歯黒になりたい人がいたら、わざわざクサイ液を使う必要はないぞ!
この動画ように、トゥースワックスというものを使えばサクッとお歯黒になれるのだ。こんな感じの女性が昔は人気だったのか…やっぱり怖いと思うのは、私だけではないと思う…。
雑学まとめ
お歯黒についての雑学を紹介したが、いかがだっただろうか。顔がすごーくきれいな美人でも、笑ったときに口元から見える歯が真っ黒だったら、現代人は確実に引いてしまう。しかし、昔の人はそれを美しいと思って歯を黒く染めていたのだ。毎日毎日、悪臭に耐えながら…。
同じ日本人でも、時代によって“美”に対する感覚や価値観がこんなにも違うなんて驚きだ。
「ガングロ」や「ヤマンバメイク」のような、大人にはちょっと理解できない(昔やってた…という人、ごめんなさい)化粧が流行って廃れたように、もしかしたらお歯黒も100年以上の時を経てまた流行りだしたりして。
まあ、今のところは白い歯が美しいとされているので、毎日の歯みがきをしっかりしてきれいな歯をめざそう!
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