名古屋銘菓のういろうを食べたことがあるだろうか? 日本には様々な和菓子が存在するが、ういろうは特に個性の強い和菓子だ。餅のような独特な食感にどハマりしている人もいるだろう。
そして、何と言っても「ういろう」という名前が気になる。ういろうとは一体どこからついた名前なのだろうか?考えれば考えるほど分からない。
というわけで今回は、ういろうの由来についての雑学を調べてみた。
すると、中国の「礼部員外郎(れいぶいんがいろう)」という仕事や「透頂香(とうちんこう)」という薬が関係していることが分かった。思わず苦い顔になること間違いなし!
【食べ物雑学】和菓子「ういろう」の由来は?
【雑学解説】「ういろう」の由来は薬の名前
ういろうについてまず知っておきたいのは、正式名称は「外郎餅(ういろうもち)」だということ。これがういろうの由来を紐解くヒントとなる。
外郎はもともと「透頂香(とうちんこう)」という薬の別名であった!
もう少し詳しく見ていこう。
かつて元の国(中国)には、薬を調達する「礼部員外郎」という役職があった。その礼部員外郎に就いていた陳氏が日本にやって来て、痰切りに効く「透頂香」という薬を伝えたのだった。
陳氏は「外郎家」と呼ばれていたため、いつの間にか「透頂香」には外郎(ういろう)という別名がついた。室町時代の出来事である。
ここまではお分かりだろうか?では、なぜお菓子のういろうと透頂香が結びついたのだろうか。これには主に3つの説がある。
- 「外郎家」と呼ばれていた陳氏が製法を伝えた
- ういろうの色が透頂香に似ていた
- 透頂香を飲んだ後の口直しとして食べていた
最も有力なのは、2番目の「ういろうの色が透頂香に似ていた」である。当時のういろうは、必ず黒砂糖を使っていたので黒っぽい色をしていた。これが透頂香の色とよく似ていたというのだ。
【追加雑学①】「ういろう」はいつから売られている?
解説してきたように、ういろうが誕生したのは室町時代だと考えられている。ただし、由来がいくつかある時点で薄々お気づきかもしれないが、細かい歴史経緯や発祥地はよく分かっていない…。
江戸時代になると、本格的に製造販売が行われるようになった。恐らく庶民の口にも入っていたはずだ。いずれにしても、ういろうが長く愛され続けている和菓子だということは間違いない。
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【追加雑学②】「ういろう」は実は愛知県以外でも作られている
ういろう=名古屋銘菓、というイメージが強いのではないだろうか? 名古屋のういろうは米粉を主原料としており、黒砂糖を使用しているものが多い。餅のような弾力が特徴的である。
名古屋にある老舗和菓子店「青柳総本家」の看板商品、「青柳ういろう」は日本で一番売れているういろうだ! そういう意味でも、ういろう=愛知県銘菓というイメージが先行するのは当然のことだろう。
ところが! 実は、ういろうは愛知県以外でも作られている。有名なのは小田原市・伊勢市・京都市あたりだろうか。探してみると意外と全国各地にあったりするのだ。
ちなみに、小田原市にある「小田原外郎家」は元々薬屋であった。その影響もあってか、ういろうの説明書きには「栄養菓子」という記載がある。栄養状態が良い現代人からすればピンと来ないが、かっては手軽に栄養を摂れる食品だったのかもしれない。
【追加雑学③】発声練習に最適な「外郎売(ういろううり)」
声優やアナウンサーが発声練習に用いている「外郎売」をご存知だろうか。外郎売とは、二代目・市川團十郎が演じた歌舞伎十八番のひとつである。
発声練習に用いられる外郎売は、透頂香を売り歩く商人のセリフ部分を抜き出したものである。このセリフがとにかく長台詞な上に発言しにくいのだ。
「拙者親方と申すは、お立ち会いの中に、 御存知のお方も御座りましょうが…」というように、冒頭部分だけでも舌がもつれそうになる。
途中でイライラしそうだが、たしかに発声練習や滑舌練習には良さそうである。声優やアナウンサーを目指す人は、外郎売で自主トレーニングを行ってみてはいかがだろうか。
ういろうの雑学まとめ
今回の雑学記事では、ういろうの由来について紹介してきた。まさか苦い薬が由来となっていたなんて、夢にも思わないだろう…。室町時代から存在することも驚きだった。
単なる偶然だと思うが、元薬屋が栄養菓子としてういろうをプッシュしていることに不思議な縁を感じた。今度ういろうを食べる時は、ほんの少しだけこれらのことを思い出してほしい。