その昔、日本へキリスト教を伝えた宣教師、フランシスコ・ザビエル。そのインパクトのある肖像画から、名前を聞けば誰しもが思い浮かぶ人物なのではないだろうか。
日本では「フランシスコ・ザビエル」という名前で広く知れ渡っているが、実は本名ではない。これは彼の生い立ちに由来するのだが、スペイン・バスク王国の貴族階級にうまれたフランシスコ・ザビエルの本名は、フランシスコ・ジャッコア・アスピルクエタ・イ・エチェベリア。
「フランシスコ」が彼の名前で、「ジャッコア」は父の名字のバスク語読み、「アスピルクエタ」は母の名字、「イ」は英語でいうand、「エチェベリア」はバスク地方の地名で<新しい家>を意味する城の名前である。
なんとも長ったらしい名前だが、「フランシスコ」以外は本人の名前ですらない。しかも、ザビエルという文字はどこにも見当たらない。ザビエルはどこから来たのか?
今回は「フランシスコ・ザビエル」の各国での呼ばれ方についての雑学を紹介していく!
【歴史雑学】フランシスコ・ザビエルは国によって読み方が違う
【雑学解説】フランシスコ・ザビエルの4つのスペル
フランシスコ・ザビエルの本名は前述した通り、「フランシスコ・ジャッコア・アスピルクエタ・イ・エチェベリア」である。本来の名前を特にややこしくしているのは「エチェベリア」の部分だ。
ザビエルが生まれたスペイン・バスク王国では、スペイン語・バスク語・ポルトガル語が使用されている。「エチェベリア」のスペルはChavierやXabierreなどと綴られ、もうここですでにややこしい。
また、ポルトガル語ではXavier<シャヴィエル>、スペイン語ではJavier<ハビエル>と綴られる。これがザビエルの元となっている。
命名のルールが明確な、現代の日本ではなじみのない話だが、この当時スペインの貴族階級は自分の出身を名乗ることが一般的で、フランシスコという名前のほか、出身地である「ザビエル」をつけた格好となっているのだ。
日本で布教活動を行っていた際は、イタリア語読みの「サヴェーリョ」という呼び名を用いていたが、ゆかりのある山口県では「サビエル」という呼び名を使用している。
世界中で布教活動を行ったことで、各地での言語の違いにより呼び方が異なるが、「フランシスコ」の部分はどの国でも変わらず、「フランシスコ」の名で有名になればよかったのに… と思うのは私だけではないはず。
現代では日本の教科書も「フランシスコ・シャビエル」と表記しており、時代によってもその呼び名は変わっている。
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【追加雑学】フランシスコ・ザビエルって何した人だっけ?
ここまで、名前の由来について書いてきたが、「ザビエル」は実際には何をした人かご存知であろうか? キリスト教の宣教師ということはなんとなく知っているが、その布教活動については歴史の授業でも深くは触れないところであろう。
その歴史は1534年8月15日から始まる。この日、ザビエルは学生時代に知り合った同じ志をもつ仲間とともにイエズス会を創立し、キリスト教の布教活動を始める。この当時ザビエルは28歳。
イエズス会創立から7年後、ポルトガル王・ジョアン3世の依頼によりインドのゴアへ派遣され、ここからザビエルの布教活動は世界へおよんでいく。
インドへ発った後は、マレーシア、インドネシアを経て、いよいよ日本へ。ザビエルが日本へ上陸したのは1549年。43歳のときであった。
当初は京都で布教活動を行おうとしたが、後奈良天皇(ごならてんのう)と征夷大将軍・足利義輝への謁見申請の際、献上の品の持ち合わせがなく、布教の許可を得ることができず断念。失意の中、山口県での布教活動を試みる。
山口の大名・大内義隆に謁見する際は献上品をしっかり用意し、万全の体制で謁見に臨んだことで無事、布教の許可が得られ、山口を拠点に布教活動を始めることになる。ちなみにこのときの献上品の中にメガネがあり、ザビエルは日本に初めてメガネを持ち込んだ人物としても語られている。
しかし、ザビエルが山口で布教活動を行ったのはたった2年ほどで、その後は後継者を残し、インドへと戻っている。
その後、再び日本全土への布教を目指し、当時日本への影響が大きかった中国での布教を目指すのだが、中国での活動は思うようにいかず、病に倒れたザビエルは、道半ばにしてこの世を去ってしまう。
享年46歳。日本を離れて1年以内の出来事であった。
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フランシスコ・ザビエルの雑学まとめ
その特徴的なヘアスタイルから、歴史上の人物としては日本でも知名度の高い「フランシスコ・ザビエル」についての雑学を紹介してきた。彼は最後まで日本へのキリスト教布教に命を賭した人物であった。
たった一人で布教活動を進め、山口では日本初の教会を建て、600人もの日本人をキリスト教へ導いたといわれている。山口には、山口サビエル記念聖堂が建てられ、今も、ザビエルの生涯を後世に伝えている。山口に行かれた際は立ち寄ってみてはいかがだろう。
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