日本史

東条英機も。池袋サンシャインシティはかつて"巣鴨プリズン"だった

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池袋サンシャインシティはかつて「巣鴨刑務所」だったという雑学

池袋サンシャインシティ サンシャインシティ アルパ

「新宿」と「渋谷」とならんで3大副都心に数えられる池袋。なかでも池袋サンシャインシティは、この地域のランドマーク的な施設として、人々に広く知られている。

現在、池袋サンシャインシティが建つ地には、かつて東京裁判で裁かれた戦犯員たちが収容された刑務所があったのをご存知だろうか。正式名称は「巣鴨刑務所」。または「巣鴨プリズン」と呼ばれていた。

そこで今回の記事では、「巣鴨プリズン(巣鴨刑務所)」についての雑学をご紹介していく。

【歴史雑学】池袋サンシャインシティは昔「巣鴨プリズン」だった

秀吉くん
池袋サンシャインシティ、いいっすよね。1日中楽しめそうな施設なんて僕らの時代にはなかったっすよね。
信長さん
そうだな。ところで、池袋サンシャインシティは昔何があったか知っているか?『巣鴨プリズン(巣鴨刑務所)』だったんだぞ。

【雑学解説】刑務所の歴史から見えてくる戦争の記憶

池袋の人気スポットとして知られる複合施設・池袋サンシャインシティ。レジャー施設や商業施設などが入る池袋の人気スポットとして、広く人々に親しまれている。

池袋サンシャインシティが建つ地には、戦後、GHQの管理下に置かれた「巣鴨プリズン」と呼ばれる収容所が建てられていた。この収容所には、日本を戦争に導いた戦犯者が収容されていた。

連合国主導で開かれた「極東国際軍事裁判」において、日本の戦争の罪を問われた東条英機などA級戦犯者・7名をはじめ、B・C級戦犯者の52名が、この施設で死刑に処せられている

また「巣鴨プリズン」と名称が変更される以前の「東京拘置所」時代には、ソ連のスパイとして日本で活動したとされる、リヒャルト・ゾルゲや尾崎秀実(おざきほつみ)も、この施設内で死刑が執行された。

信長さん
1941年から42年にかけて、ソ連のスパイ組織のメンバーが逮捕された『ゾルゲ事件』が起こっており、リヒャルト・ゾルゲや小沢秀実はその中心的人物だったのだ。

GHQが日本から撤退した後、「巣鴨プリズン」はかつての名称である「巣鴨拘置所」に変更されたが、1958年、再度「東京拘置所」に名称が戻された。東京オリンピックの開催を控え、「東京拘置所」の移転計画がもち上がり、1971年「東京拘置所」は解体されることになる

その跡地に、現在の東池袋中央公園と複合商業施設「サンシャインシティ」が造られた。なお、かつて拘置所の処刑場があった上記の公園内には、慰霊碑「平和の碑」が建立されている。都心の片隅には、戦争の記憶がひっそりと刻まれているのだ。

秀吉くん
今では楽しい施設があるっすけど、いろいろな悲しい歴史が積み重なってたんっすね…。

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【追加雑学①】BC級戦犯員は刑務所内で『すがも新聞』という獄中紙を発行していた

A級戦犯の7人を筆頭に、多くの戦犯者の死刑が執行された「巣鴨プリズン」。実は拘置所内で、彼らは定期的に獄中紙を発行していた。1948年に創刊された「すがも新聞」である。新聞はワラ半紙にガリ版で印刷され、193号まで継続した。

新聞は週1回のペースで発行され、4ページほどの紙面には、エッセイや小説・イラストや漫画などバラエティーに富んだ内容で紙面を飾った。寄稿者の多くは、B・C級戦犯の人間で占められていたそうである。

しかし時には、平沼騏一郎(ひらぬまきいちろう)や橋本欣五郎(はしもときんごろう)といったA級戦犯の人物たちも紙面に記事を寄せることがあったという。

新聞の編集方針は、右左のイデオロギーに偏らず、民主主義の精神を踏まえ、連合国の占領政策やA級戦犯などの死刑因に触れない方針のもとに発行されている

秀吉くん
刑務所内で新聞なんて発行してたんっすね〜。

また新聞は発行され次第、外国語にも翻訳された。検閲を経たのちに、GHQやアメリカ本国にも送付されたといわれる

「巣鴨プリズン」が日本へ移管された後には、名称を変えて『すがも』という新聞が創刊されたが、わずが10号で休刊となったそうである。なお、「すがも新聞」は現在DVDとして発売されており、かつての戦犯因たちが執筆した記事を読むことができる

【追加雑学②】東京都中野区には、かつて有名な思想犯が多く収監された刑務所があった

「巣鴨プリズン」や「東京拘置所」とならんで、都内で有名だったのが、中野区にあった「豊多摩刑務所」(とよたまけいむしょ)である。別名「中野刑務所」とも呼ばれていた。

「豊多摩刑務所」は、1910年に中野に建設された刑務所である。1925年に制定された治安維持法をもとに、多くの思想犯が収監されたことで知られる

刑務所に収監された顔ぶれは、大杉栄・亀井勝一郎・小林多喜二・三木清など、文学や哲学の世界で名の知れた人物ばかりである。

信長さん
なんというか…なかなか豪華な顔ぶれの刑務所だな。

戦後は GHQに接収されて、陸軍刑務所として使用された。GHQから日本に移管された後も、施設は変わらず稼働していたが、1983年についにその幕を閉じることになる。日本史や文学史を語るうえで、見逃せない歴史の詰まった刑務所である。

なお、「豊多摩刑務所」の跡地は、公園および法務省の関連施設となっている。敷地内には当時、監獄にあった表門が保管されている。

雑学まとめ

以上、池袋サンシャインシティの地にあった「巣鴨プリズン」と、その関連の雑学をご紹介してきた。かつて、東京にあった「拘置所」および「刑務所」の歴史をひも解くと、忌まわしい戦争の記憶に直面することを分かっていただけだろうか。

戦争から半世紀以上が経ち、平和の時代とうたわれ現在に至る。しかし、保存された慰霊碑や当時の建物の一部は、今なお、私たちに戦争の記憶を投げかけている。

秀吉くん
今の平和は、悲劇的な戦争の犠牲の上に成り立ってるっていう面もあるっすよね。
信長さん
そうだな。平和を守るためにも、このような悲しい記憶を引き継いでいってもらいたいものだ。

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