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弘法大師のやらかし!"弘法も筆の誤り"の起源となったエピソードとは?

弘法も筆の誤りの雑学

日本には様々なことわざが存在する。

言葉から連想しやすいものもあれば連想しにくいものも多くあり、意味を調べてみると面白い。

「河童の川流れ」「猿も木から落ちる」など、同じような意味をもつものも多数あるが、先述の二つと同じ意味をもつ「弘法(こうぼう)も筆の誤り」

知識として言葉を知っていても、弘法とは何だろうか、と思ってわざわざ調べたことがある方はいるだろうか。こちらに関しては故事成語であり、起源が歴史上に存在する。

そこで今回の雑学では、ことわざの起源を歴史から紐解いていこうと思う。

【歴史雑学】「弘法も筆の誤り」の起源となったエピソード

孫ちゃん
「猿も木から落ちる」と同じような意味のことわざって、ほかになにかあったっけ?
おばあちゃん
そうだねぇ…、「弘法も筆の誤り」っていうのがあるよ。
孫ちゃん
あ~、聞いたことある。そのことわざの起源ってどんなの?
おばあちゃん
「弘法」っていうのは空海のことでね、非常に優れた書家だったんだけど、依頼された書で誤字をしてしまったっていうのが起源らしいねぇ。

【雑学解説】弘法大師=空海が、文字に点を少なく書いたことがあるため

弘法大師という名前よりも、空海といったほうがわかりやすいのではなかろうかと考えたため、今後は空海で統一する。

孫ちゃん
空海…?あぁ!延暦寺のお坊さんか!
おばあちゃん
そうそう。真言宗っていう日本仏教の開祖だねぇ。

空海は勅令(天皇からの命令)を受けて、大内裏(天皇の居所である内裏と周りの政治施設をひっくるめた場合の呼称)の門である応天門に掲げる額を書くことになった。

書き上げた書が応天門に掲げられて初めて気付いたが、「応」の文字に点を打ち忘れてしまっていたのだ。すでに門に掲げられてしまっていることもあり、下ろすわけにもいかない。周囲の人々も困っていたが、空海は筆を書に向かって投げて点を打ったとされる。

孫ちゃん
なんてこった~い!
おばあちゃん
痛恨のミスってやつだね。

この説話は『今昔物語』に載っている話だが、そのおかげで「弘法も筆の誤り」ということわざが生まれたと考えられる。仮に『今昔物語』に載っていなければ口伝になっており、後世に広まることがなく風化してしまった可能性がある。

空海ほどの書の名人であっても、心の文字の点を書き忘れるという初歩的なミスをしたことがあるという事実がこのことわざの起源だ。

ちなみに、空海は遣唐使として唐(現在の中国)に留学し、文化や学問を学んで帰ったという経歴をもっていたため、当時の日本においては最高峰の有識者であり、その才能は多くの分野に及んでいた。

そんな彼の初歩的なミスだからこそ、現代にまで残ることわざとして残っているのだと考えられる。

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【追加トリビア①】空海は当時の書の名人の一人

ここまで空海が書の名人であることを前提として述べてきたが、どれほどの名人かというと...「三筆」と呼ばれた三人の書の達人の一人として名を連ねている。

空海・嵯峨(さが)天皇・橘逸勢(たちばなのはやなり)の三名が該当し、平安時代初期に活躍したとされている。出典は12世紀ごろに書かれた『和漢名数』だ。

なお、三筆という表現自体は、のちの時代にも使われたので、興味が湧いた方はぜひ調べてみてほしい。

おばあちゃん
…ということでちょっと調べてみたよ。世尊寺流の三筆・寛永の三筆・黄檗(おうばく)の三筆・幕末の三筆・明治の三筆っていうのがあるみたいだね。
孫ちゃん
おばあちゃんさすが!仕事早~い!

【追加トリビア②】空海は様々なエピソードを持っている

空海といえば唐に渡って真言密教を学び、帰国後に真言宗の開祖となったことで有名な高僧だが、各地を行脚した際、地方に様々なエピソードを残している。

なかなかインパクトがあるエピソードも多いため紹介していこう。

大根がもらえなかった仕返しで川を干上がらせる

空海が筵内(今の福岡県古賀市)に行脚で立ち寄った際、川の上流の橋でお腹を空かせながら水面を眺めていたら、一人の老婆が大根を洗っていた。

空海は老婆に大根を分けてもらえないかとお願いするが、諸国行脚の最中の空海の格好はみすぼらしく、老婆は空海が高僧であることに気付けずに水をかけて追い払おうとした。

空海はそんな老婆の態度に腹を立てることもなく、もう一度真摯にお願いしてみた。それに対して、老婆は顔を真っ赤にして怒り、今度は石を投げつけた。これが空海の額に当たってしまい、流血。流石の空海も腹に据えかねたのか、持っていた杖で地面を突きながら真言を唱えた。

次の瞬間には川の水が干上がり、老婆は大根を洗えなくなり、その川は大根を洗う時期(収穫期)になると、毎年干上がるようになってしまった。

この逸話から、その川は「大根川」と呼ばれているが、なかなか規模が大きい仕返しだ。

孫ちゃん
お坊さんって感情に左右されちゃいけないんだと思ってた…。
杖を突くと水源が出来上がる

空海のエピソードとして有名なものとして、「弘法水」も忘れてはおけない。

空海が日本各地を行脚した際、各地で杖を突くと泉が湧き出して、井戸や池になったというエピソードが存在する。これは全国千数百か所にエピソードが残っており、空海の名前からとって弘法水と呼ばれている。

おばあちゃん
さっきの「大根川」の話とは逆の現象だねぇ。
孫ちゃん
「大根川」のは、杖を突いて川の水を干上がらせたんだよね。空海さんの杖って万能~。
各地で温泉を発見する、観光名所メイカー

空海は水源だけではなく多くの温泉も発見しており、彼が見つけた温泉は今でも温泉街としてにぎわっている。

その数なんと二十五個と、現代の観光資源の生みの親となっている。

ひょっとしたら読者諸氏の地元の温泉も空海が見つけたものかもしれないので、ぜひ調べてみてほしい。もしも彼が諸国行脚していなかったら、その温泉は今なかった可能性もあると思うと、感謝の意を込めて高野山延暦寺を訪れるといいかもしれない。

その足で、彼が見つけた温泉の一つである龍神温泉に立ち寄るのもおすすめだ。日本三大美人の湯に数えられる美肌の湯なので、とくに女性にはおすすめしよう。

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【追加トリビア③】多くのエピソードは、空海の弟子や他の僧がしたことだったりする

前項では水にまつわるエピソードを述べたが、空海は様々な分野で活躍している。

寺院の建立や仏像などの彫刻、あるいは聖水・岩石・動植物などなど、多岐にわたって伝説を残している空海だが...実は彼自身が全く関わっていないものまでも彼のエピソードとして残っているものが存在する。というよりも、結構な数が彼自身の功績ではないのかもしれない。

というのも、空海の伝説はとにかく数が多い。各地に五千を超える伝説が残っており、空海がどれだけ優れた知識人だとしても度を超えてしまっている。

おばあちゃん
5,000とはまた膨大な数だこと。

空海が唐から帰ってきて本格的に活動を始めることができるようになったのは、嵯峨天皇が即位した809年。

そして、空海がなくなったのは835年。単純計算で26年間=9490日が空海の高僧としての活動期間と考えられるが、先ほど述べた伝説の数を考えると、2日に1つ以上伝説を残していなければいけないことになる。

しかも、空海は宮仕えをしたり、寺社の工事の指揮をとったりしていて、とてもではないが身軽に動けなかった時期も存在するほど多忙だったと考えると、空海本人の活躍は五分の一程度もないかもしれない。

残っている伝説は空海が携わったことがある分野のものしかないとされているが、他の無名の僧や空海の弟子が携わった活動などが、空海の活動として後世に伝わったのだろうと考えられる。

もっとも、空海が功績を横取りしようとしたわけではなく、当時随一の僧侶であった空海への尊敬・崇拝の念や、多くの分野で活躍していた空海の名前を、現地の民衆が勝手に由来にしてしまったのではないかと考えられている。

おばあちゃん
尊敬されて親しまれたからこその、この伝説の多さってことだね。

【追加トリビア④】江戸時代後期から幕末の学者からは非難された

空海は「お大師さん」という愛称で、後世でも親しまれつつも尊敬されていたが、国学者たちからは批判されることが多々あった。国学者としての知名度が高い本居宣長も批判している。

空海が唐から持ち帰った仏教の教えによって、日本古来の宗教である神道が廃れていったからとのことだが、空海の様々な功績を鑑みると、差し引きでお釣りが来すぎて困るとは考えなかったのだから、批判するためだけに空海のことを調べたのだろうかと思ってしまう。

昔の偉人に関して調べる際には、良い悪い両方を見るようにしたいものだ。

トリビアまとめ

今回は「弘法も筆の誤り」にまつわる空海についての雑学をご紹介してきた。

「弘法も筆の誤り」は、ちょっとしたミス(応の文字の「心」に1つ点を打ち忘れた)が由来だが、空海自身が非常に優れた知識人であったために、風化することなく後世に残ったことわざだといえる。

ちなみに、筆者個人としては、大根川のエピソードが気に入っている。空海といえば日本仏教の開祖ともいえる人物で、浮世離れした存在かと思っていたが、私たちと同じように感情で動いてしまうこともあったのだと感じたためだ。

孫ちゃん
うん、わかるわかる。お坊さんって、瞑想したりお経読んだりして感情をコントロールしてるイメージだもん。
おばあちゃん
特に怒りの感情は表に出さなそうだと思っていたよ。

空海伝説は各地にあるため、興味が湧いた方は自分の住んでいる地域にもないかを調べてみると面白いかもしれない。

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