スポーツ競技にもしルールが存在しないとすれば、公正な判断などできるはずもなく、きっと順位をつけることもままならないだろう。
しかしスポーツの歴史を辿ってみると、競技上のルールがはっきりと規定されていなかった時代も当然ある。そしてルールが決まっていないと、現在ではあり得ないようなプレーが飛び出したりする。
たとえば、「走り幅跳び」である。かつてこの競技では、選手たちが跳躍に「前方宙返り」を取り入れていたことがあったのだ。1970年代に見られたその跳び方は、「回転式前方宙返り跳び」と呼ばれる。今回の雑学を通してその真相に迫っていこう。
【スポーツ雑学】「走り幅跳び」は昔、前方宙返りを入れて跳んでいた
【雑学解説】危険性が指摘され禁止となった、走り幅跳びの「前方宙返り」
人類はどれほど遠くに跳躍できるのか。その記録に挑戦してきた競技が、オリンピックの正式種目になっている「走り幅跳び」である。
現在、走り幅跳びで見られる跳び方には、「そり跳び」と「はさみ跳び」の2種類がある。「そり跳び」とは、空中で両手を広げて体を反らせる跳び方のこと。また「はさみ跳び」とは、手足を空中で動かす跳び方のことだ。
以下の動画は、リオオリンピックの幅跳び競技の様子を映したものだ。特に2人目・3人目に跳躍した選手が、空中で手足を動かす「はさみ跳び」で試技していることがわかる。
現在は見ることができないが、1970年代にはこれらとは異なるアクロバティックな跳び方が存在していた。それが、前方宙返りを取り入れた「回転式前方宙返り跳び」である。
この跳び方が広まったのは、1973年、ドイツのラゲルクイストという選手が、テレビ番組で披露したことがきっかけだった。その際、彼は7メートル近くの記録を打ち出したという。
「回転式前方宙返り跳び」の利点は、踏み切り後に回転を加えることで、助走で得た推進力をスムーズに跳躍力に変えられる点にある。一方、現在の「そり跳び」や「はさみ跳び」では、助走で得た推進力に対し、踏み切る力が反発力になるため、上斜め方向へ力が逃げてしまう。
つまり「回転式前方宙返り跳び」は、助走の恩恵を最大限に受けられる革新的な跳び方だったのだ。日本の陸上競技専門誌でも、当時は写真付きで紹介されるほどだったという。
だが、皆さんが想像している通り、この跳び方には大変な危険がともなう。競技の性質上、安全対策としてマットを敷くわけにもいかない。
このように危険だという理由で、「回転式前方宙返り跳び」は世界陸上競技連盟によってすぐに禁止された。現在もなお、日本陸上競技連盟の「陸上競技ルールブック」第185条には、この跳び方を禁止する条項が存在している。
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【追加雑学①】「走り幅跳び」の助走距離に決まりはない
前項では、「回転式前方宙返り跳び」がルールで禁止されたことを紹介したが、実は「走り幅跳び」の世界には、意外にもルーズな一面がある。
たとえば、選手が跳躍するためにとる助走距離もそのひとつだ。実はルール上では、選手の助走距離に決まりがないのだ。したがって、100メートルだろうが、200メートルだろうが、いくらでも助走をとっていいことになる。…だが、考えてほしい。
そんなに長い助走をとってしまうと、いざ踏み切りの際には、選手は力を使い果たし、跳躍どころではなくなってしまうだろう。物事には何事も限度がある。
ひょっとすると、どのぐらい助走を取るかというのも、選手の実力のうちという考えからルールが定まっていないのかもしれない。
【追加雑学②】「走り幅跳び」の競技でも風速が関係している
陸上競技で見逃せないのが、競技を実施する際の気候条件である。特に「風速」は、陸上競技において重要な要素のひとつだ。
一般に広く知られているのが、「風速」と100メートルの走破タイムの関係である。競技中、選手にとって有利となる強い「追い風」が吹いていると、いくら好タイムを記録しようと公式の記録としては残されず、あくまで参考タイム扱いにしかならない。
わかりやすくいえば、世界記録を出したとしても世界記録として認められないわけだ。
実は、この短距離走のほかに、「走り幅跳び」・「三段跳び」といった跳躍競技においても、この風速は重要な意味をもっている。
というのも、跳躍競技において、試技中の風速が秒速2.0 メートルを超えてしまうと、選手がいくら大ジャンプを披露しても、「追い風参考記録」の扱いとなってしまうからだ。陸上競技の選手たちは、記録のみならず風速とも戦わなければならないのである。
雑学まとめ
走り幅跳びにまつわる雑学を紹介してきたが、いかがだっただろうか。陸上競技は記録との戦いであることは誰もが認めるところだ。「回転式前方宙返り跳び」もまた、記録を追い求める中で誕生した跳び方である。しかしいくら大記録を残せたとしても、怪我人が出てしまっては元も子もない。
宙返りしながら跳躍する様子は、見てみたいような気もする…。しかし選手の安全面を考えると、禁止されたのは当然の流れといえるだろう。