どこか昭和の匂いがする「野次馬」という言葉。なにか火事の現場を見に来て、ガヤガヤと騒ぎ立てるようなイメージがある。
そう、野次馬というのは、関係ないのにギャーギャーと騒ぐ人たちのことを指す。他人の不幸は蜜の味といわんばかりに、ここぞとばかりに揚げ足をとりにくる…迷惑だなと思いながら、自分がそうなっていないか要注意だ。
しかし…どうして野次馬というんだ? 馬に失礼な気がするのだが…。というわけで今回は、「野次馬」についての雑学をご紹介しよう!
【生活雑学】 野次馬の意味と語源は?
【雑学解説】 野次馬は「役に立たない」という意味
野次馬の語源は「親父馬(おやじうま)」。要するに歳をとった馬のことだ。
家畜化されている現代では印象が薄いかもしれないが、馬は本来、本能的に集団で生活する生き物で、元気な若い馬ほど先頭をいく傾向にある。
一方で体力のなくなった年寄りの馬は、群れについていくのが精いっぱいだ。その様子から人の真似をしてゾロゾロとついて回る人のことを親父馬というようになり、そこからさらに「野次馬」と転化したのだとか。
「次の野を歩く馬」というニュアンスが漢字にも込められていそうだ。
また親父馬は仕事にも使えないことから「なんの役にも立たない」という意味も含まれている。そこから派生して暴れ馬やうるさい馬も野次馬と呼ばれるようになったという。
ちなみに外野がワーワー騒ぐことを表す「野次る」「野次を飛ばす」という言葉は野次馬から生まれたもの。なるほど…たしかにうるさいだけでなんの役にも立たない。…スポーツ観戦などで野次を飛ばしている人にオヤジが多い気がするのは偶然だろう。
【追加雑学】野次馬の類義語いろいろ
日本語とはとても豊かなもので、野次馬に似た言葉でユニークな言い回しをするものがたくさんある。せっかくなので紹介しておこう。
高みの見物
「高みの見物を決め込む」などというが、これは高い所から見下ろしている様子からきたもの。要するに自分には影響が及ばない位置から、興味本位で物事を見ていることを表す。
見物とはそもそも何かを見て楽しむことをなので、争いごとなどを傍から見て「お~、やってるやってる」と楽しむ感じである。うるさくない分野次馬よりマシだが、馬鹿にしている感が強く、やはり印象のいい言葉ではない。
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烏合の衆(うごうのしゅう)
烏合の衆とは要するに「まとまりのない集団」のこと。
5世紀中国にて編集された歴史書『後漢書』に登場した逸話が語源で、後漢の時代、皇帝の劉秀(りゅうしゅう)が大軍を率いた敵勢に難色を示した際、部下が「しょせんはカラスの寄せ集めですよ」と助言したことからできた言葉だ。
カラスは単独行動をする生き物。つまり普段は単独行動をしている人たちが集まっても、統率力にかけるため脅威ではないということだ。
ここぞとばかりに集まってギャーギャー騒ぐ野次馬も、騒いでいる内容は往々にして薄っぺらい。そういう意味ではたしかに似た言葉である。ただカラス自体は頭のいい動物なので、その点は誤解がある気もするが…。
黒山の人だかり
黒山の人だかりは大勢の人が一ヵ所に密集していることを表す。つまり野次馬がたくさん集まってくれば、それも黒山の人だかりである。
語源は人がたくさん集まると髪の毛の色で、黒い山のように見えるということからだ。現代では人を集めるイベントをやれば茶髪や金髪も入り乱れるだろうから、真っ黒というわけにはいかないだろうが…。
「野次馬」の雑学まとめ
野次馬の語源は親父馬。歳をとった馬はなんの役にも立たないことからできた言葉だった。
たしかに馬も歳をとってしまえば働けなくなるし、競馬にだって出られなくなる。しかし彼らはその分若いころにたくさん頑張ってくれたのだから、野次馬だなんて言うのはあんまりじゃないか。
…なんて言ってもその時代の人に届くわけもなく、相変わらずギャーギャー騒ぐ輩を野次馬と呼び続けるのだが。