うつ伏せになった死刑囚の首をめがけて鋭い刃を落とす、世にも恐ろしい処刑道具・ギロチン。実際に使われていたのが、つい数十年前の話だということを考えると、身震いさせられる。
こんな処刑道具を考えたのは、きっと残酷な独裁者に違いない! と、思うところだが、実はギロチンは慈悲の心をもって開発されたという。どういうこと? イメージと真逆である。
しかも、開発に携わった張本人が、その翌年にはギロチンを使って処刑されてしまったというではないか!
【歴史雑学】ギロチンの刃を改良したルイ16世はギロチンで処刑された
【雑学解説】ギロチンは死刑囚が苦しまずに死ねることを目指した道具
1793年のこと、ブルボン朝第5代のフランス国王・ルイ16世は、王や貴族が権力を握る封建制に反対し、国民に主導権を求めるフランス革命の影響で、処刑される運びとなった。
ルイ16世はこのとき、ギロチンによる斬首刑で処刑されたのだが、なんと皮肉なことにこの前年、彼は新しい処刑法として考案されたギロチンの開発に携わっていたのだ。
ギロチンの設計図を作ったのは外科医のアントワーヌ・ルイで、彼が考えたギロチンの刃は、当初、刃先を丸くした三日月形のものだった。
ルイ16世はここに口を挟んだ。彼は「刃を斜めにすれば、どんなに太い首でも切断できる」と助言し、これが採用されたのだ。
どんな首でも切断できるなんて…惨いことを考える王だ! などと思った人もいるかもしれない。しかし実のところ、ルイ16世のこのときの発言は、死刑囚が苦しまずに済むように考慮してのことだった。
そもそもギロチンが考案される以前は、斧などを使って斬首刑が行われていたが、この方法では一度で首を切り落とすことができず、何度も斧を振りかざす無残な処刑が行われることが珍しくなかった。
ギロチンは、そういった処刑法を良しとしない風潮が生み出した、慈悲の上に作られた処刑道具なのだ。より効率よく切り落とせるように、刃の改良を助言したルイ16世も、そういった人道的な処刑法を目指した1人なのである。
ちなみに日本でも本物のギロチンが明治大学博物館にて飾られている。これがルイ16世が考えた刃の形状か…たしかに一瞬で死ねそうだ。
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ルイ16世は優しい王様だった。処刑されたのは前任者のとばっちり
人道的な処刑法を目指したとか、慈悲の上に作られたとかいうけど…結局ルイ16世って、国民の反感買って処刑されたわけでしょ? マリー・アントワネットと夫婦そろって贅沢三昧しているイメージもあるし。
…と、思うところだ。しかしルイ16世が慈悲深い王であったことは、そのイメージに反して事実である。
彼は自身が国王の座に就くと、それまで施行されていた拷問や農奴の制度を廃止しており、アメリカ独立戦争においても、アメリカの掲げた民主主義の思想に共感し、協力している。こういった政策は、すべて国民のための政治を志してのものだった。
現に革命が起こるまでは、彼を支持する国民も少なくなかったという。…では、どうして処刑されることになってしまったのか?
それは前任者であるルイ14世や15世が、浪費の限りを尽くした影響である。即位と同時に、国家の財政難を抱えることになってしまったルイ16世は、銀行家や経済学者などの力を借り、なんとか財政を立て直そうとした。
しかしそれでもどうにもならないほどの負債を抱えていたため、税金という形で国民に負担が向き、反感を買うことになってしまったのだ。
死刑執行に際しても、「ルイ16世に罪はない」という声もあったが、彼は「国王という存在そのものが国民の敵だ」という理由で処刑されてしまう。要するにルイ16世が処刑されたことは、前任者が無能だったが故のとばっちりだといえる。
処刑台に上がった際、彼は「私と同じような血が、今後フランスに流されませんように」と、言い残して死んでいったのだとか。自分が改良案を挙げたギロチンを使って苦しまずに死ねたのは、せめてもの救いといえるだろうか…。
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【追加雑学①】ギロチンはフランス革命をきっかけに一大ブームになった
ルイ16世やマリー・アントワネットをはじめ、フランス革命の際にギロチンで処刑された人の数は1万6000人にも上った。
このとき王族に代わって権力を握ろうとしていた、ジャコバン派と呼ばれる政治結社が、処刑による恐怖で国民を支配しようとしていたためである。国民の主導権を巡って勃発したはずの革命なのに、本末転倒もいいところだ。
しかしこのときあまりに頻繁に処刑が行われたため、ギロチンは一種の時代の象徴のようになり、国民の間でブームを巻き起こすことになる。なんでもギロチンを模したアクセサリーを身に付けている者までいたという。
処刑はある種お待ちかねの見世物で、ギロチンのアクセサリーは名産のお土産…みたいな感じか? 洗脳とはこのことである…。
【追加雑学②】現代に残るギロチンの値段は2900万円
フランスで行われていたギロチンによる処刑は1977年に廃止され、ギロチンはもはや使い道のない道具となった。しかし現存するものは今でも高値で取り引きされることがしばしばある。
2018年には、実業家のクリストフ・フェブリエ氏が19世紀半ばに作られたギロチンを約105万円で落札したと報じられている。しかしこれはパリの拷問博物館に展示するために作られたレプリカで、実際に使用されたことはないという。
実際に使用されたギロチンになると、さらにその値段は跳ね上がる。紹介した同記事内には、パリのジャズクラブに飾られていたギロチンが、約2900万円で落札されたという話もある。
こうして現代でギロチンが売買されることに、規制当局は難色を示しているが、それを押し切っての取り引きが行われているようだ。
使い道もなく、ただ飾るだけの目的でそんな大金を払う価値観は理解しがたい。ましてや実際に使われていたものなんて、なんだか呪われそうで、持っているのも恐ろしいぞ…。
雑学まとめ
ブルボン朝第5代のフランス国王・ルイ16世は自身も開発に携わったギロチンが完成したその翌年、ギロチンによってその命を奪われてしまった。その背景を辿ると、彼の慈悲深い人柄が浮き彫りになり、なんともやり切れない気分にさせられる…。
ギロチンは一見恐ろしい処刑道具に思えるが、その実態は「苦しまずに死ねるように」という思いやりからだった。イメージが先行しているものは意外と多く、きちんと歴史を読み解くと、ハッとさせられることがあるものだ。