アジア

発祥地なのに…!インドの仏教徒は人口の◯%しかいない。|世界雑学

仏教の発祥地インドに仏教徒は1%程度しかいないという雑学

日本は無宗教の方々が多いので、特別に宗教というものを意識することは少ないだろう。それでも結婚式をチャペルで挙げたり、お寺でお葬式をしたり、お正月に神社に参拝したり…宗教にかかわる行動をとる場面は多い。

日本に馴染み深い宗教といえば、神道と仏教だ。特に仏教は学生のときに宗派や開祖の名前を覚えたりなどで馴染みがある。そんな仏教が実はある危機に直面していることをみなさんはご存じだろうか…。

【世界雑学】仏教の発祥地インドに仏教徒は1%程度しかいない

釈迦誕生の地・インドの仏教は、ヒンズー教にその地位を奪われ、衰退の道を辿っている。

【雑学解説】衰退の理由は階級制度の存在と布教を怠ったから

衰退の理由は階級制度の存在と布教を怠ったからというトリビア

インドは言わずと知れた仏教発祥の地だが、現在仏教徒の数は国内人口の約1%しかいないという…。インドの人口の1%といえば…約1200万人…。仏教発祥の地という見方をすればたしかに物足りない。

なぜインド国内で仏教徒が減ったのか。これにはさまざまな要因があるとされている。以下よりインドにおける仏教の遍歴をご紹介しよう!

カースト制度と仏教の関係

インドを語るうえで外すことはできないのが、カースト制度の存在である。インドでは、カースト制度によって厳しい身分分けがされており、それは仏教の起源よりも前から存在していた。

仏教は「みんな平等だ!」という考え方をもっており、これはカースト制度を否定するものだ。当時の王朝はそこに目を付けた。

「身分制度がありますよ!」という国と、「みんな平等ですよ!」という国なら、誰しも平等な国に住みたいに決まっている。国のトップとしても、平等としておいた方がやはり統治しやすくなるのだ。

こうして仏教は王朝に保護され、インドの国家宗教になっていく。

優先すべきものは布教ではなく研究

国家宗教になった仏教はますます、インド内外に浸透していくことになる。なにせ時代はシルクロードによる交易の真っ只中。各国の商人たちを通じて、アジア中に広がっていったわけだ。

しかし…これには落とし穴があった。自分たちの手で布教をしなくても広まっていってしまう…となると、優先するものは布教よりも、どうやったら悟りを開けるかの研究になる。そう、仏教徒はだんだん布教をしなくなっていったのだ。

また別の国からやってきた商人にしたって、インドで聞いた仏教の話を、わざわざインド国内に広めようとはしない。そのような要因で、インドの大衆にとって仏教の存在は徐々に薄れていってしまったのだ…。

スポンサーリンク

保護王朝の滅亡とヒンズー教の存在

保護王朝の滅亡とヒンズー教の存在についてのトリビア

ヒンズー教の寺院の彫像

それでも仏教はおよそ1000年の間、国家宗教の地位を守った。しかしその地位も、保護王朝の滅亡とヒンズー教の台頭によって奪われることになる。

ヒンズー教は仏教よりも前に存在していたバラモン教と地方土着の宗教とをあわせることで誕生した。土着の宗教とは、その地方ならではの宗教と思ってくれてかまわない。

それだけ古くから存在していたのだから、大衆にとっても馴染みがある宗教である。次の王朝が大衆にとって「馴染みのあるヒンズー教」を推すのか、それとも「馴染みのない仏教」を推すのかは明白だった。

こうして仏教は国家宗教から「土着の宗教」に近い存在となり、ヒンズー教はそういった宗教を吸収してさらに大きくなっていった。そう、最終的に仏教はヒンズー教に吸収されてしまったのだ。なんという没落だろう…。

このあいだにシルクロードによる交易も衰え、仏教の主な支持層だった商人の力がなくなっていったことも衰退の一因に挙げられる。これら以外にもさまざまな要因があり、仏教はインド国内で勢力を失っていったのだ。

そもそもは布教を怠けたことが原因だ。怠けていればいずれダメになる…。怠け者の私としても耳の痛い話である…。

【追加トリビア①】インドの仏教と日本の仏教は異なる

インドの仏教と日本の仏教は異なるというトリビア

一言に仏教といっても、実はインドと日本ではその種類が違う。

インド周辺に広まっている仏教を一般的に「上座部仏教」といい、日本の仏教を「大乗仏教」という。根本的な教義にも多くの違いがあるが、ここではわかりやすい違いをピックアップして紹介しよう!

スポンサーリンク

上座部仏教に修行はなし!

インドのお坊さんは日本のお坊さんのような修業はしない。上座部仏教では、苦行そのものを否定しているからだ。じゃあ何をすればいいんだ…と思ってしまうが、そもそも釈迦は「苦行なんて意味ないじゃん!」といって放棄したというし…。

上座部仏教のお坊さんは物乞いで生きる

日本人の価値観では、物乞いにはネガティブなイメージがあるが、上座部仏教においては、お坊さんは物乞いをして生きなければならない。義務なのだ!

物乞いといっても、仏教が浸透している国ではけっこういいものが食べられるようで、タイのお坊さんはメタボに悩まされているようだぞ! 質素な生活をしているイメージがあったのだが…。

【追加トリビア②】インド国内で仏教徒よりも少ないジャイナ教徒の存在

インド国内で仏教徒よりも少ないジャイナ教徒の存在についてのトリビア

ジャイナ教徒たち

実はインドには、1%しかいない仏教徒よりも少ない宗教が存在している。それがジャイナ教。なんとなく、名前はかっこいい。

ジャイナ教は徹底した禁欲・苦行・不殺生を実践している。禁欲に関しては「何も所有するな」という教えがあるくらいだ。ならいったい、どうやって生活していくのか…。

ジャイナ教徒は座るときに、床を掃いてキレイにするため、ほうきを持参していることが多い。これも不殺生を徹底しすぎて、「生き物を殺さないために、ほうきで掃きながら歩く」という誤った情報が流れてしまうくらいだ。

レレレのおじさんは…もしかしたら…。

トリビアまとめ

インドの仏教の衰退ぶりはすさまじい…。国家宗教だったのに吸収されてしまうとは…。どんなにうまくいっているように思えても、慢心してはいけない…ということか…。

しかし近年では、インド国内の仏教再興の運動も盛んに行われており、国外からの逆輸入で仏教が入ってきたりもしている。その推移に注目したいところだ!

ちなみに私は一度もモテ期のような隆盛の時代を迎えることなく、生涯の終わりを迎えそうなのだが…インドの仏教のように、ちょっとは盛んな時代があってもいいじゃないか…。

こちらの記事もおすすめ!

Copyright© 雑学カンパニー , 2020 All Rights Reserved.