世界史

天才すぎ?レオナルド・ダ・ヴィンチはハサミを開発したってマジか?|歴史雑学

「レオナルド・ダ・ヴィンチ」はハサミも開発していた?という雑学

後世に名を遺した人物には、常人とは異なる天才と称される人たちが少なくない。なかでも多彩な才能を発揮したのが、中世ヨーロッパの人物、レオナルド・ダ・ヴィンチではないだろうか。

ダ・ヴィンチといえば、モナ・リザの作者であり、ヘリコプターや解剖スケッチなどを残したとされる天才だ。

このダ・ヴィンチについて、こんな噂がある。ふだんモノを切る際に重宝するハサミは、彼が発明したというものだ。それは本当だろうか。この記事では、このダ・ヴィンチの噂の真相について迫っていく。

【歴史雑学】「レオナルド・ダ・ヴィンチ」はハサミも開発していた?

ダ・ヴィンチがハサミを開発したというのは真っ赤なウソである。

【雑学解説】ハサミはダ・ヴィンチが生きたはるか以前に生まれていた

ハサミはダ・ヴィンチが生きたはるか以前に生まれていたというトリビア

端的にいうと、この噂はガセネタである。というのも、ダ・ヴィンチより遥か以前の時代に、ハサミが使われていたからである。

ハサミの歴史は、なんと紀元前1000年にさかのぼることができる。古代エジプトの遺跡から、ハサミを描いたと思われる壁画が見つかっているほか、同時代に、古代ギリシアで羊毛を刈ったとされるハサミが見つかっているからだ。

このハサミは、穴に指を通して切るタイプのものではなく、金属の反発力を使用してモノを切る、「握りバサミ」と同じタイプだったという。

また紀元前のローマの遺跡からは、洋バサミの形状をした鉄製のハサミも出土されている。つまり、ダ・ヴィンチが生きたはるか以前に、ハサミが存在していたことになる。

日本から出土しているハサミとは?

日本から出土しているハサミについてのトリビア

東大寺「正倉院」

日本国内でもハサミは出土している。その時代はダ・ヴィンチが生きた時代よりはるか以前の7世紀頃である。奈良県の珠城山(たまきやま)という古墳から、ハサミが出土しているのだ。

このハサミは、穴に指を入れて使用する洋バサミと、握って使用する和バサミを折衷したタイプのもので、中国渡来のものと推定されている。すでに7世紀には、日本でもハサミが使用されていたことが分かっているのだ。

また東大寺・正倉院宝物庫には、金銅剪子(きんどうせんす)と呼ばれる、長さ22センチの装飾を施した、中国製と思われるハサミが所蔵されている。

このことから分かるように、ダ・ヴィンチよりはるか昔に、ハサミは広く使用されていたわけである。どうして、このような噂が広まったのか、まったくもって謎としかいいようがない。

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【追加トリビア①】モナ・リザのモデルとは?

ダ・ヴィンチといえば、世界で最も有名な絵画である「モナ・リザ」を描いた人物である。モナ・リザは、油彩で描かれた板絵で、1503年から1506年に制作されたと考えられている。ここでモナリザの紹介動画をご覧いただこう。

ところで、この絵の人物となったモデルが判明していることをご存知だろうか。それが、リザ・デル・ジョコンダという女性である。

ジョコンダはイタリア旧家の裕福な家庭で育ったとされる人物で、絹布商人で後にフィレンツェの行政官となったフランチェスコという男性と10代で結婚したといわれている。5人の子に恵まれ、平穏でごく普通の中流階級の暮らしを送ったという。

モナ・リザの誕生の経緯は、あるとき、夫のフランチェスコがダ・ヴィンチに依頼して、リザの肖像画を描かせた。それが「モナ・リザ」だった。本人も後世にこれほど世界的な絵画になるとは想像もしなかっただろう。

ダ・ヴィンチは、自らが描いた絵を気に入ってか、ジョコンダからの絵画を渡す要求を頑なに拒んだという。その代わり、別の絵画をジョコンダに渡したともいわれている。

彼は生涯、「モナ・リザ」を手放すことはなかったという。現在は「モナ・リザ」は、フランスの国有財産として、パリのルーブル美術館に展示されている。

ところで、絵画に描かれた彼女の年齢は、何歳ぐらいの頃なのだろうか? ちょっと年齢不詳な感じがする。読者の皆さんはどう思われるだろうか。

【追加トリビア②】ダ・ヴィンチの図案はあの企業の社章にも採用されていた

ダ・ヴィンチの図案はあの企業の社章にも採用されていたというトリビア

天才ダ・ヴィンチは、現代にも影響を及ぼしている。たとえば、日本の航空会社にANAという企業がある。かつてANA(当時は全日空)はダ・ヴィンチの図案を社章に採用していたことをご存知だろうか。

その社章になったのが、ダ・ヴィンチが考案したヘリコプターの図案である。彼が図面として描いたプロペラ付きのヘリコプターは、全長が約14メートルほどあり、その図案には飛行の際、プロペラによる浮力が必要であると記されていたという。

この図案は、1969年5月以降のボーイング型ジェット機の尾翼にマークとして描かれていたのである。以下の動画をご覧いただきたい。飛行機の尾翼にばっちり描かれている。

また2009年には、かつての国内線のボーイング機「モヒカンジェット」が復刻され、その尾翼には旧社章である「ダ・ヴィンチのヘリ」が描かれていた。同機は2014年まで運行されたという。読者の方のなかには、実際、同機に搭乗した方もいるかもしれない。

関係者によれば、この復刻機は乗客に大変好評だったようだが、今後復活する予定はないそうである。乗り合わせた人は、さぞかし得した気分になったことだろう。

トリビアまとめ

以上、ダ・ヴィンチがハサミを開発したその真偽と、彼が考案したヘリコプターの図案が、かつて全日空の社章に使用されていたトリビアをご紹介してきた。

その真相に追っていくと、ハサミは紀元前1000年には使用されていたことが分かった。いくらダ・ヴィンチといえども、後世にハサミを開発したという噂が流れるのは想像もしていなかっただろう。

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