「むすんでひらいて…」このように歌いながら行う手遊びは、皆さんも幼稚園の頃にやったことがあるのではないだろうか。しかし、誰もが馴染みのあるこの歌には、ある楽曲がもとになっていることを知っているだろうか。
「鬼のパンツ」という歌がイタリアの歌謡曲「フニクリ・フニクラ」が原曲であるように、「むすんでひらいて」も外国の曲がもとなのだ。
「むすんでひらいて」の原曲は、フランスの思想家であり、『社会契約論』で有名なジャン=ジャック・ルソーが作った曲であるという。
一体どのようにして日本の手遊び歌になったのか…またそれにたどり着くまでの曲の変貌が実に面白いので、雑学として紹介したい。その変貌の流れを知れば、あなたもただの手遊び歌とは思えなくなることだろう。
【世界雑学】童謡「むすんでひらいて」の作曲者は、フランスの思想家ルソーだった
【雑学解説】本来はルイ15世の前で公演されたオペラのために作られた曲。後に様々な曲へと変えられていった
あのジャン=ジャック・ルソーが作曲? …と思われる方も多いかも知れないが、実はルソーは作曲家として、様々な曲を残した人物でもあるのだ。
原曲とされるルソーが作曲した楽曲は、1752年にルイ15世の前で公演された「村の占い師」(原題:Le Devin du village)という、オペラのために書かれた楽曲のひとつで、劇中のパントマイムのシーンで使われたものがオリジナルだという。
追加雑学でこの曲を聞くことが出来るので、確認してみていただきたい。
たしかに「村の占い師」のパントマイムの曲は、知っているメロディーが聴こえる。後にこのパントマイムの曲をモチーフに「ルソーの新ロマンス」(作曲者不詳)という楽曲が作られ、世に広まっていくこととなる。
これが「むすんでひらいて」のオリジナルなのだろうか?
どうやらよく調べてみると、「むすんでひらいて」のメロディーは、ルソーのオペラ曲が作られてから60年後に、別の人物によって作られた曲が源流ではないかともいわれている。
「むすんでひらいて」のメロディーは、「ルソーの夢」が近い!?
その楽曲は、ヨハン・バプティスト・クラーマーというドイツの作曲家が書いた「ルソーの夢」(原題:Rousseau's Dream)という曲。ルソーのオペラ曲や編曲作品をベースに作られた、我々の知っているメロディーに最も近い、最古の曲だといわれている。
1812年に発表されたこの楽曲はとても人気になり、作曲家の本国ドイツのみならず、イギリスやフランスでも話題になったという。後にこの曲はイギリスでは賛美歌へと書き換えられたり、アメリカでは民謡として新たに歌詞がつけられたりした。
日本には明治期にその賛美歌が輸入され、「キミノミチビキ」として日本語の歌詞がつけられた。その数年後に賛美歌とは別に「見渡せば」という新しい歌が日本で作られ、そのベースが「ルソーの夢」であると紹介される。
これではルソー作曲というよりも、ルソー原曲・クラーマー編曲ということになってしまいそうではある。しかし、現在はあくまでも作曲はルソーということで伝えられている。もとを辿ればメロディはルソーのオペラ曲がオリジナルである、ということなのだろう。
この馴染みのメロディーは賛美歌や唱歌を通して日本でも浸透し、日本独特の進化を遂げていく。そして、なんと軍歌にまで採用されてしまっているのだ。
「見渡せば」をベースにしたと思われる歌い出しであるが、敵を倒そうとする歌詞がその後に続いていく。「むすんでひらいて」が登場するまで日本では、唱歌や賛美歌よりも軍歌として広まっていくこととなっていった。
昭和の音楽教科書に「むすんでひらいて」が掲載される
「むすんでひらいて」が登場するのはもう少し後の、昭和22年発行の音楽の教科書になる。しかし、なぜこの歌が作られたのか、また作詞者も不明で、作られた経緯が分からない曲なのだ。
ルソーのオペラから「ルソーの夢」へ…。そして賛美歌や軍歌を経て作られた「むすんでひらいて」は、謎が多い曲でありながら、今日まで子どもたちに愛される日本の歌であることは間違いない。
ただの子供の歌と思って辿ってみると、ルソーの1曲からさまざまな変化をしていった歴史があったのである。
追加雑学からは動画とともに、ルソーの曲がどのように「むすんでひらいて」に繋がっていったかを、まとめていこうと思う。
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【追加雑学①】賛美歌からバイオハザードまで…ルソー作曲「村の占い師」からの変化聴き比べ
さて、ここからは動画でルソーの曲がどう変わっていったかを順に確認していこう。残念ながら動画を確認できなかった曲もあるが、そこはご容赦願いたい。
ルソー作曲「村の占い師」パントマイムのシーン挿入曲
まずはルソーが作曲したオリジナルの曲だ。…いかがだろうか? いわれてみれば「むすんでひらいて」の曲のようなメロディーだということが認識できる程度の存在感である。
オペラそのものはチャールズ・ジェームズの手によってイギリス版に翻訳されたオペラが上演され、数年後にはこの曲をアレンジした「ルソーの新ロマンス」という歌曲が作られる。
先に記述していなかったが、「ルソーの新ロマンス」が話題となった後にチャールズ・ジェームズは「メリッサ」という「ルソーの新ロマンス」をベースにした別れのラブソングを作っている。
残念ながら「ルソーの新ロマンス」と「メリッサ」の動画などは発見できず、どのような歌であったかは確認できなかった。
クラーマー作曲「ルソーの夢」
ルソーのオペラが公開されてから60年後に作曲された、クラーマーによる編曲「ルソーの夢」がこちらだ。
現在のものにほぼ近いことが確認できるだろう。まだこの段階では子供の手遊び歌というよりも、クラシックな大人の曲。
流れるような旋律が美しいこの楽曲が後に世界中に知れ渡り、「むすんでひらいて」や、様々な歌へと作り変えられてゆくのだ。
賛美歌「Greenville」
「ルソーの夢」の派生のひとつとして賛美歌が挙げられる。この「Greenville」は日本にも「キミノミチビキ」として日本語訳が輸入されたのだが、メロディーが軍歌に使用されてしまったために、軍歌登場以降は歌われることがなくなってしまった。
世界各国では「Greenville」は現在も教会などで賛美歌として歌われ続けている。心が洗われるような美しいメロディーだ。
また、こちらの動画では日本で作られた、「見渡せば」・「むすんでひらいて」の歌もメドレーとして歌っている。日本でどのように変化していったかが、ざっくりとわかる内容である。
アメリカの民謡「Go tell Aunt Rhody」(ローディーおばさんに教えなよ)
「ルソーの夢」は賛美歌の他に、アメリカでは「ローディーおばさんに教えなよ」という民謡に変わった。
正直この歌詞が怖すぎる…。最初は「ローディーおばさんに教えなよ、灰色のガチョウが死んでしまったって」という歌い出しから始まり、すでに不穏なのである。
その後の歌詞を聴くと「She died in the mill pond, From standin' on her head.」(彼女は水車小屋の池で死んじゃったよ、頭から突っ込んで。)といっており、完全にホラー一歩手前の世界観だ。
…一体ルソーの曲からなぜこのような歌になってしまったのであろうか。ただでさえホラーな歌であるが、実はこのガチョウが死ぬ歌は有名ホラーゲーム「バイオハザード」でテーマ曲として使用された。
「BIOHAZARD」バージョン「Go tell Aunt Rhody」
ホラーゲームのCMのため、苦手な方は閲覧注意でお願いしたい。
こちらはバイオハザード7のテーマ曲として使われている「Go tell Aunt Rhody」だ。
明るいメロディーながら不協和音のようなピアノの旋律と、やはりオリジナルのホラーのような歌詞が怖さを増幅させている。
さらにオリジナルで「灰色のガチョウが死んでしまった」というところが、バイオハザードでは「みんな死んでしまった」という内容に変えられているという違いもある。
ホラーな曲にまで変えられるルソーの曲の万能さが、もはや恐ろしいくらいである…。
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【追加雑学②】日本に伝わったのは明治以降、軍歌などの歌詞にも用いられた
さて、世界各国にて様々な歌詞や編曲をつけられるようになったルソーの曲は、明治時代に賛美歌として日本に入ってきたことで、後に唱歌・軍歌・子供の歌(むすんでひらいて)と、様々な形に派生していくこととなる。
どのように派生をしていったか順を追って確認して行こう。賛美歌も日本語に訳されているが、広まらなかった理由は前述したとおりだ。残念ながら動画も見つからなかったため、歌詞などどのような内容であったかは確認できなかった。
古今和歌集の言葉を参考にした「見渡せば」
賛美歌が日本語訳されてから数年後の明治14年に、我々が知っているメロディーに日本語歌詞をつけた「見渡せば」という歌が、文科省が発行した『小学唱歌集』という歌集にて発表された。これによって日本中に知られたのである。
歌詞は平安時代の書物『古今和歌集』の素性法師の和歌をベースに作詞されている。古風な美しい情景が思い浮かぶ歌ではあるが、この歌も定着はせずに消えてしまった。
理由としてはあまりに格調高い内容で、子供にはわかりにくいとされたためだ。とても美しい歌なだけに、非常に残念である。
皆様もこの動画をみて、このような美しい歌詞の歌が日本にあったことを、覚えていただければ幸いだ。
メロディと歌詞のギャップが激しすぎる軍歌・「進撃追撃」
賛美歌も「見渡せば」も消えてしまった理由のひとつに、当時の日本が戦争の色に染まり始まっていたことも原因として挙げられる。明治時代といえば日清戦争・日露戦争がおこった時代だ。
歌い出しは「見渡せば…」なのだが、その後は風流な歌詞の面影はどこにもない。メロディーは我々も聴き慣れたものなのに「敵の大軍攻め崩せ」と、内容は戦争の歌とギャップが激しすぎる。
この軍歌のほうが古今和歌集ベースの「見渡せば」よりも小学生に浸透していったというのであるから、非肉としか言いようがない。
おなじみ「むすんでひらいて」
さて、軍歌の「進撃追撃」が発表されてからしばらくは、ルソーのメロディを使った歌は作られていなかった。太平洋戦争が終わって2年後の昭和22年に発行された、戦後初の音楽の教科書「一ねんせいのおんがく」に、「むすんでひらいて」が初めて載る。
誰が作詞し、どのようにして教科書に載せられたかという経緯は一切不明の曲ではある。生まれは謎だが、今日まで愛される子供の手遊び歌として定着し、日本の歌百選にも選ばれたのであった。
さまざまな「むすんでひらいて」の曲をたどってきたが、やはり我々にはこの歌が一番しっくり来るのではないだろうか。
また、近年では子供向け雑誌で「むすんでひらいて~サバンナ編~」という歌も作られている。
ライオンが登場してしまうとは、もうオペラの原型もなにもないが、ルソーの曲にはまだ変化の可能性が残されているのかもしれない…。
雑学まとめ
今回の雑学はいかがだっただろうか。「むすんでひらいて」はルソーのオペラ楽曲がオリジナルだった。
時には怖い歌に、またある時は風流な歌に、そして軍歌にまでされた時代があったことがお分かりいただければ幸いである。
ただの手遊び歌だと思っていたが、筆者も調べて動画をみているうちにとても面白くなってしまい、隅々まで調べ尽くしてしまった…。おそらく一生分の「むすんでひらいて」について調べたと思う。
面白かったので今回の楽曲は時々聴き直してみようと思った。正直「ローディーおばさん」だけは怖くて仕方がないのだが…。
それにしてもこんな風に、ただのひとつの歌だって思ってたら、各国でいろいろな広がりを持ったものだった…なんて歌、他にもありそうよね。
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