20世紀のマンガやアニメなどにおいては、「北斗の拳」をはじめとする「世紀末滅亡モノ」が数多く、1999年に世界が滅びる…的な作品が多かった。
では、なぜこんなに世紀末滅亡モノが多かったのだろうか? その理由は、1973年(昭和48年)に出版された五島勉の「ノストラダムスの大予言」のなかで、下記の四行詩について「1999年7月に人類が滅びる」との解釈が話題となったからである。
1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモワの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。
当時の日本は公害や人口増加などで未来への不安が高まっていた時代であり、その不安に乗った形で「ノストラダムスの大予言」は大流行したようだ。もちろん、1999年に人類は滅亡することはなく、いまでも通常営業なのはご存知の通り。
これだけ日本を騒がせたノストラダムスであるが、予言ばかりが有名であって本人のことについては意外と知られていないのではないか?
調べてみたところ、ノストラダムスの意外な経歴が明らかになったので、今回はそれについての雑学を紹介しようと思う。
【歴史雑学】ノストラダムスは美容と健康・料理の本を出版していた
【雑学解説】ノストラダムスは医師として美容・健康・料理の本を著している
ノストラダムスといえば、預言書ばかりが取り沙汰されるが、じつは美容と健康・料理の本を出版しているのはあまり知られていない。
1503年にフランスで生まれたノストラダムスは、大学で医学を学んでおり、1546年に南フランスでペストが流行した際には現場に赴いて積極的に治療を施すなど、勇敢な医師であったようだ。
そして、そのペスト治療の際の経験などを綴ったのが、1555年に出版された「化粧品とジャム論」。同書は2部構成となっており、第1部では化粧品の作り方を、第2部ではジャムやお菓子などのレシピが掲載されていたそうだ。
第1部では、医師としての観点から衛生法や美容術などを紹介し、美顔料だけでなく媚薬の作り方まで紹介していたとのこと。なお、化粧品の材料のなかには「一角獣の角」など実在しないものもあったようで、現代人からすると若干怪しい内容だったようである。
むしろ、歴史的に価値がある内容なのが第2部。これは、フランス人によって書かれた最初のジャムのレシピ本とされ、フランスの食文化史に残る偉業だそうだ。また、欧州のお菓子・マジパンの製法について書かれた最初のフランス語の書物であるともされている。
ちなみに、ノストラダムスが予言者として有名になったのは、翌年1年を占う「暦書」が評判になったことがキッカケらしい。これによってノストラダムスは王宮に呼ばれることとなり、「常任侍医兼顧問」の称号を王から与えられたそうだ。
このように、意外な経歴を持つノストラダムス。壮大な予言者が一気に身近な人物に思えてきたのは私だけだろうか?
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【追加雑学】映画「ノストラダムスの大予言」は文部省推薦だった!
冒頭で述べたように、日本でノストラダムスの名を広めたのは五島勉の「ノストラダムスの大予言」だが、1974年(昭和49年)には実写映画化もされている。
映画版「ノストラダムスの大予言」は、前年に流行した映画「日本沈没」の影響からか、パニック映画として制作されており、「環境破壊によって世界は滅亡に向かい、その対策に人類が奔走する…」という内容。もはや、書籍の「ノストラダムスの大予言」は影も形もない。
なんとも怪しげな雰囲気の映画だが、文字ではうまく伝わらないので、下記の動画でご理解いただきたい。
ちなみに、作中において食人シーンがあったり、放射能を浴びた人間の造形に問題があるなどの理由から、この映画はソフト化されていない幻の作品となっている。
さらに問題なのは、この映画は当時の文部省(現・文部科学省)が推薦する映画だったことだ。内容・表現ともに問題だらけとしかいえないこの作品を、なんで文部省が推薦したのだろうか? 当時の担当者に問い詰めてみたいものである。
雑学まとめ
今回の雑学で、ある分野で著名な人物にも意外な一面があることがわかっていただけただろうか?
それにしても、占いもできて、化粧品や料理にも詳しい男子…って、女子のハートをわしづかみにする要素ばかりじゃないか! ノストラダムス、じつはモテ男だったかもしれない。
私も予言者になるのは厳しいが、せめて美容と料理に関する勉強をして女子のハートをつかみたいものである。