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不老不死への執着。始皇帝は水銀を薬として飲んでいた|歴史雑学

始皇帝は水銀を不老不死の薬として飲んでいたという雑学

水銀というと「理科の実験で使った」「社会の授業で水俣病の原因って聞いたな…」などと思い浮かべる人が多いだろう。その毒性も、今や義務教育でしっかりと教え込まれる。

このように猛毒という認識が常識である水銀を、薬として飲んでいた人物がいると聞いたらどう思うだろう。その変わり者は、歴史に名を馳せる偉大な皇帝だった! 

不老不死を求めたって…中二病かよ! とツッコミたくなるが、そのぐらい、当時の人たちは水銀の神秘に魅せられたのだ…。

【歴史雑学】始皇帝は水銀を不老不死の薬として飲んでいた

個体から液体へ、そしてまた個体へ…さまざまに姿を変える水銀の神秘が、古代の人々に不死をイメージさせた!

【雑学解説】水銀は不老不死の象徴?

もうこれ以上欲しいものはない…そんな状況になったとき、次に人が求めるものはやはり永遠の命なのだろうか。紀元前3世紀、古代中国の天下人となり、すべてを手に入れた始皇帝もまた、永遠の命を求めた一人だった。

そして今や毒としての認識が当たり前の硫化水銀が、当時は不老不死の象徴とされていた。もちろん誰も毒だとは思わず、始皇帝もそれを服用していたのだ。

形を変える美しき硫化水銀

硫化水銀が不老不死の象徴とされていた理由は、この物体の不思議な特徴にあった。硫化水銀は鉱物の状態では、血液のような真っ赤な色に輝く、水晶のような見た目をしている。当時の人はこの真っ赤な色を、「命の色」のように捉えていたのかもしれない。

そしてこの鉱石を熱していくと、銀色の液体となっていく。水銀と聞いて多くの人が連想するのはこれだろう。

水銀は物体としての密度が高いため、動画のような液体の状態でも鉄球が沈まない。この様子にしても、科学的に理由があるとわかっていても不思議に思えるものだ。

そこからさらに熱していくと、今度は赤黒い砂状(条件によっては黄色)になる。さらに過熱すると黒色に、もっと過熱すると最後にはまた銀色のあの液体に戻る。つまり、鉱物→液体→鉱物→液体と姿を変えていくのだ。

変化を繰り返してまた元に戻る。その様子に古代中国の人たちは命の循環を感じたのである。得体の知れない物体でも薬にしてしまうのだから、思い込みとは恐ろしいものだ…。

ちなみに始皇帝は水銀を摂取し始めてから約10年後、50歳で亡くなっている。この時代の平均寿命は35~50歳といわれているから、特別早死にではないようだが…水銀を飲まなければもっと長生きできたかも?

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【追加トリビア】不老不死に異常なまでにこだわった始皇帝

始皇帝は生前、3回も暗殺の危機にさらされている。彼が不老不死を求めたのは、単に欲のためというより、何度も死にそうになったその経験が関係しているのだろう。

「俺、水銀飲んでるもんね! 殺せるもんなら殺してみろよ!」といった具合か。水銀を飲んでいた以外にも、彼には不老不死をめぐるエピソードがいくつか残されている。

永遠の命のために家来を日本へ派遣

始皇帝の家来である徐福は、永遠の命の秘薬を求め、3000人もの若者を率いて日本へ向かった。しかし秘薬がみつからず皇帝に顔向けできなかったのか、単に住み心地がよかったのか…彼はそのまま日本に定住してしまったようだ。

徐福が伝えた技術が日本を大きく発展させたという伝説も、各地に残っているぞ! 日本へ行くように命じた始皇帝に感謝しなければ…。

墓に流れる水銀の川

始皇帝が眠っている広大な地下墓地には、かつて水銀の川が流れていたことが知られている。お墓にまで水銀を流し込むとは…いや、もう死んでますよね? といいたくなるところだが、彼はきっと天国に行った先でも、不老不死を手に入れようとしていたのだろう。

トリビアまとめ

古代中国の覇者となった始皇帝は、不老不死への執拗な執着によって、猛毒である水銀までを薬だと信じ込んでいた。

根拠もないのに…と思わされるところだが、ヨーロッパや日本にも水銀を薬として使っていた時代はある。水銀の不思議な特徴には、やはりどこか人を惹きつけるものがあったのだろう。医学の進歩に、ただただ感謝である。

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