五輪の歴史

プロはダメ!オリンピックにはアマチュア選手しか出場できなかった

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オリンピックにプロ選手は出場できなかったという雑学

オリンピックを観戦しているときに、不思議に思ったことはないだろうか。

金メダルを獲得した選手にインタビュアーが「金メダルを引っさげて、プロ転向なんてこともあるんですか?」と聞いている。しかし一方で、とある競技にはテレビなどでよく見かける、プロの選手が出ているのだ。

「オープンな大会なら当然のことでは?」と思うかもしれない。ゴルフの大会だって、アマチュアの選手が出場して優勝したりしているからそう思うのも無理はない。

では、オリンピックにはプロもアマチュアもないのだろうか? 実はオリンピックの歴史を遡ると、プロアマ問題は非常に大きかったのだ。

今回は、オリンピックの規定に関する雑学を紹介していこう!

【オリンピック雑学】かつて五輪にプロ選手は出場できなかった

マッチョ課長
オリンピックはな、実はアマチュア選手のための大会だったんだ。だからプロ選手は出場できなかったんだよ。
新人ちゃん
ええーーー!?そうだったんっすか!?

【雑学解説】オリンピックにプロ選手が出場してはいけなかった理由とは?

「オリンピックの出場者は、 スポーツによる金銭的な報酬を受けるべきではない」についてのトリビア

おそらく、年配の方に「オリンピックは昔どんなのだった?」と聞けば、「アマチュア選手の大会だったよ。」と答える方もいらっしゃるだろう。

そう、オリンピックはもともとアマチュア選手のためのスポーツの祭典だった。

これはオリンピック設立の父ともいえるフランスの教育者、ピエール・ド・クーベルタンが提唱していた、「オリンピックの出場者は、 スポーツによる金銭的な報酬を受けるべきではない」という理念に基づく。

この理念自体も、古代オリンピックの優勝者には月桂の冠以外は名誉しか与えられなかったことに由来している。

新人ちゃん
なるほどっす…あくまで名誉のために競うってことっすね。

プロ競技と違い、オリンピック後のスポンサー契約とか、所属チームからの謝礼金などを考えないアマチュア競技は、純粋に「スポーツを楽しむためだけの祭典」と見ることもでき、その精神は素晴らしいものがある。

しかし…厳しい面もある。IOC(国際オリンピック委員会)がアマチュア選手ではないと規定した人の中には、その競技でお金を稼いでいる人だけではなく、プロ選手と一緒に競技をしている人や、体育教師やトレーナーまで含まれていたのだ。

体育教師って…。その競技でお金を稼ぐのではなく、教育の一環でその競技を教えてお金を稼ぐことも「プロ」とみなされたのだ…。

新人ちゃん
いやいや…これは融通きかなすぎでしょ…

だがこれはあまりにも厳しすぎたため、抗議が殺到。その結果、この体育教師とトレーナーは条件付きでアマチュア選手扱いになった。

マッチョ課長
IOCもなかなかに頭が堅い…

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実際にアマチュア規定に泣かされた選手がいる…

実際にアマチュア規定に泣かされてしまった選手を紹介しよう。についてのトリビア

ジム・ソープ

ジム・ソープという選手は、1913年のストックホルムオリンピックの陸上競技で金メダルを獲得した。しかも、彼の記録はその後半世紀上、破られることがなかったはずの大記録だった。

しかし、オリンピック後、彼のアマチュア規定違反が報道される。その内容は「大学時代に野球選手をアルバイトでやっていた」というもの。アルバイトだから賃金が発生しており、これがアマチュア規定に抵触してしまったのだ。

その結果、ジム・ソープの記録もメダルも、オリンピックの歴史から消されてしまった…!

新人ちゃん
えええええ!??これひどくないっすか!??

たしかに規定には引っかかっているかもしれない…。彼は野球のプロ(バイトだけど)だったかもしれないが、陸上のプロではなかったので大目に見てあげてほしかった…。

しかし! 支援者らの懸命の訴えもあり、IOCは69年後の1982年にジム・ソープの名誉を回復させたのだ! よかった! しかし…そのできごとは彼の死から29年後であった…。

マッチョ課長
日本のお役所仕事みたいだな…

これだけ名誉を回復させるのに時間がかかるくらい、アマチュア規定はオリンピックの根底にあり、厳格なものだったのだ。

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【追加雑学①】オリンピックのアマチュアリズム崩壊のきっかけとは?

アマチュアリズム崩壊のきっかけとはについてのトリビア

こんなに厳しかったにもかかわらず、どうして今はオリンピックにプロの選手が出られるのか。

理由は主に2つある。

各競技のプロ化が盛んになったから

サッカーを例に挙げると、1900年代から徐々に各国がプロリーグを設立するようになり、1930年には「プロの大会」であるワールドカップが開催されることになる。

やはり見る側としては、プロの白熱した戦いの方がおもしろい…。次第に後発のワールドカップの人気が「アマチュア主義」のオリンピックの人気を上回っていったのだ。

社会主義国がプロを送り込んでくるようになった

いわゆる東側諸国は社会主義国家であった。この経済システムは、財産は一部例外を除いて国が管理し「分配」するシステムといっていい。つまり、スポーツをしていても、「お金を稼いではいない」といえる。

また、プロの選手たちの扱いを公務員にすることで、「彼らは業務とは別でスポーツをしている」といえるのだ。それを若い頃から行っておけば、ジム・ソープのように「スポーツでお金を稼いだ」ことにはならないというわけ。

ずるい…。とてもずるい…。

この2つの理由から、オリンピックは観衆の人気を失い、西側諸国の参加すら得られなくなるという危機に直面した。

新人ちゃん
頭の堅いクソジジイばっかで会議してるからこうなるんすよ!
マッチョ課長
だいぶ怒ってるな…

それを打開するために、プロの参戦を容認することで、今までよりもエキサイティングで平等なスポーツの祭典へと近づけていったのである。

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【追加雑学②】オリンピックに初めてプロが出場した競技とは?

初めてプロが出場した競技とは?についてのトリビア

1984年ロサンゼルス五輪のステファン・エドバーグ

初めてプロ選手が参加したオリンピックは、1984年のロサンゼルスオリンピックである。

その中でも初めてプロ選手が出場した競技は…テニスである!

テニスは長らくオリンピック競技から外れていた。その理由は、テニス界では既にプロ化が進んでおり、それがオリンピックのアマチュア規定に抵触する可能性があったためだった。

そんなテニスをオリンピックに復活させようという機運が高まる。

しかし、その時期にはテニスのツアーがオープン化し、アマチュアとプロの混合で試合を行っていた。

アマチュアとプロの混合ということは、つまりテニスの試合は実質的にプロが行うものであり、復活の条件としては、そのプロの参加を認めないといけない状況だったわけだ。

前述の通り、オリンピックにはテニス競技そのものがなかったので、交渉もスムーズにいったのだろう。

マッチョ課長
すでにあるものを容認させるより簡単だったってことか。

また、時代的にも他の競技がどんどんプロ化していき、オリンピックの人気が低迷していた。やはりプロを参加させないと人気がでないのだから仕方がない…。

こうして、テニスが競技として存在していなかったために交渉しやすかったことと、プロ化の流れによるオリンピックの人気の低迷により、プロが出場できる競技第1号としてテニスが選ばれたのだ!

ただしこのときにもまだ条件があり、21歳以下しか出場できなかった。

新人ちゃん
ったくIOCは!!

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雑学まとめ

プロはダメ!五輪にはアマチュア選手しか出場できなかった。についての雑学まとめ

オリンピックはもともと、アマチュア選手のためのスポーツ祭典だったという雑学をご紹介してきた。

オリンピックのアマチュア規定…。

たしかに名誉以外にお金が絡むと、そのためにドーピングをするとか八百長が行われるとか、いろいろな問題が出てきそうだ。それにお金が絡まないほうが、選手たちの懸命な姿がより心に訴えかけてくるかもしれない。

でも、やはり一視聴者としては、より高度でエキサイティングなスポーツを見たい!

だからできれば、プロが名誉のためだけに出場するというのが一番おさまりがいいのだろうけれど…そううまくはいかないよな…。

マッチョ課長
プロってことは、そのスポーツで生計を立ててるわけだからな。報酬があって当然だ。
新人ちゃん
なんかダサいっすよねえ、IOC。

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