オリンピックの歴史に関する雑学一覧

パラリンピックと名付けたのは日本という雑学

五輪の歴史

東京五輪から!"パラリンピック"という名称を付けたのは日本!【動画あり】

オリンピック後に開催されることで知られる、障がい者アスリートの祭典「パラリンピック」。いまや人々のあいだですっかり定着した「パラリンピック」だが、実はこの名称は、1964年の東京大会から付けられたことをご存知だろうか。 いわば日本が名付け親とされているのだ。この記事では、日本が名付けたとされる「パラリンピック」の名称の雑学についてご紹介する。 【オリンピック雑学】パラリンピックを名付けたのは日本 1964年に開催された東京大会は、下半身が麻痺した「パラプレジア(Paraplegia)」選手が行う「オリンピ ...

1964年東京オリンピックで最終聖火ランナーとなったのは「アトミック・ボーイ」という雑学

五輪の歴史

原爆投下日が誕生日。最終聖火ランナーを務めた"アトミック・ボーイ"って誰?

東京五輪の最終聖火ランナー・坂井義則の記念切手 オリンピック。世界中の一流アスリートが集まるこの祭典を、今から楽しみにしている方も多いのではないだろうか。また東京オリンピックの最終聖火ランナーを誰がつとめるのかにも注目が集まる。 前回の東京オリンピックの最終聖火ランナーは、広島に原爆が投下された日に生まれた「アトミック・ボーイ」こと、坂井義則がつとめている。 この記事では、1964年の東京オリンピックで、最終聖火ランナーをつとめた人物と、オリンピックの雑学についてご紹介していく。 【オリンピック雑学】19 ...

1964年の東京オリンピックの開会式では8千羽のハトが放たれたという雑学

五輪の歴史

8千羽のハト!1964年東京オリンピックの開会式で放たれたハトの数がヤバい。

「平和の祭典」として開催されるオリンピック。なかでも大会の幕開けを告げる開会式は、国の威信にかけておこなわれる。その開会式でかつて必ず目にしていたのが、ハトを空に放つセレモニーである。 1964年の東京オリンピックの開会式でも、秋晴れの空に多くのハトが放たれている。この記事では、1964年の東京オリンピックで放たれたハトと、オリンピックの開会式についての雑学をそれぞれご紹介する。 【オリンピック雑学】1964年の東京五輪の開会式では8千羽のハトが放たれた マッチョ課長 1964年の東京オリンピックの開会式 ...

オリンピックが4年に1度開催される理由は?に関する雑学

五輪の歴史

オリンピックが4年に1度開催される理由は?古代五輪と太陰暦がカギ!

イギリスのクイーン・エリザベス・オリンピック・パーク オリンピックの素朴な疑問として挙げられるのが、なぜ4年に1度の開催なのか、ということ。あれだけ盛り上がるのだから毎年やればいいのに! と思ってしまうが、それには何か深い理由があるのだろうか? ちょっと気になったので、今回の雑学ではこの理由について調べてみた。でも考えてみれば、毎年やられると新鮮味がなくなりそうな気がする。そう考えると、4年に1度がベストなのかもしれない…。 【オリンピック雑学】五輪が4年に1度開催される理由は? 新人ちゃん オリンピック ...

オリンピック第16回大会は、馬術競技だけ別の国で行われたという雑学

五輪の歴史

馬術競技だけ別の国…。メルボルンオリンピックのオーストラリアの失態とは?

オリンピックは国の威信をかけて行う一大イベントといえる。 そもそもオリンピックを誘致するまでに、途方もない時間と労力が必要になってくるし、誘致に成功したら、今度はスタジアムの改修や新たな競技場などを建設するために土地の買収など、莫大な予算も必要になってくる。 また、大会準備や大会運用がスムーズでないと「この国…やばくない?」と信用問題にもなってしまう…。毎大会、「全然予算が足りないぞ!」とか「全然工事が進んでいないけれど、大会の開催…大丈夫か!?」とかそんな声が聞こえてくるのだ…。 だが! 開催するメリッ ...

日本人初の金メダル受賞の表彰台では「君が代」が途中から始まったという雑学

五輪の歴史

"さざれ石の"から。日本人初の金メダル受賞の表彰台では"君が代"が途中から始まった

平昌五輪で銀メダルを獲得した平野歩夢 オリンピックの表彰式といえば、国歌だ。 世界の頂点に立ったときに流れる国歌は、表彰台に立つ選手にも見ている観客にも誇らしげに響き、いいようのない感動を与える。 その瞬間、メダルは選手個人の名誉だけでなく、国全体の名誉となる。国を背負って戦うアスリートとその国の栄光が重なる素晴らしい瞬間だ。 しかし、日本が初めて金メダルを獲得した瞬間、君が代はなんと途中から流れてきたのだ。今回は、そんな驚きの雑学について迫ってみようと思う。 【オリンピック雑学】日本人初の金メダル受賞の ...

古代オリンピックの勝者は、賞金で一生暮らしていけたという雑学

五輪の歴史

勝ち組決定。古代オリンピックの勝者は賞金で一生暮らしていけた

世界を制したオリンピックのメダリストは、まさしくその国のヒーローだ。才能と努力の結晶であるメダルを手にした者は、栄光をつかんだ勝者として大きな賞賛を得る。 現代のオリンピックでも優勝はすっごく名誉なことだが、近代オリンピックの前身である古代オリンピックはもっとすごい。 古代オリンピックでの優勝者は、大会だけでなく人生の勝者を約束されたのである。今回はそんな古代オリンピック優勝者の、賞金についての雑学をご紹介しよう! 【オリンピック雑学】古代オリンピックの勝者は、賞金で一生暮らしていけた 新人ちゃん オリン ...

オリンピック第5回大会マラソンで、オリンピック初の死者が出たという雑学

五輪の歴史

オリンピック初の死者…。ストックホルム大会のマラソン中だった

スポーツをしている人なら誰もが憧れるオリンピック。その華やかな舞台で、命を落とした選手がいたことをご存知だろうか。 オリンピック第5回大会であるストックホルムオリンピックのマラソン競技で、死者が出てしまったのである。日本からもはじめて2人の選手が出場した記念すべき大会なのだが、オリンピックの歴史の中でも忘れられない大会になってしまったのだ。 なぜ死者が出てしまったのだろうか。今回は、オリンピック初の死者を出した、ストックホルムオリンピックのマラソン競技にまつわる雑学を紹介しよう。 【オリンピック雑学】五輪 ...

オリンピックのテニス競技は長らく中止されていたという雑学

五輪の歴史

オリンピックのテニス競技は60年間中止されていた。プロは出場できなかった…。

2009年の伊達公子 2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、錦織圭選手が銅メダルを獲得するなど、日本の選手の活躍も目まぐるしいことから、近年注目を集めているテニス。素人目にも試合展開がわかりやすく、オリンピックの競技の中でも人気の種目だといえる。 そんな人気種目のテニスが、実はオリンピックの正式種目として認められなかった時期があることをご存知だろうか。 「競技人口も多くてポピュラーなスポーツなのに、なんで?」という疑問が沸いてくるが、テニスが正式種目から除外されたのは、まさにひときわポピュラーなス ...

オリンピックのドーピング死者が初めて出たのは第17回大会という雑学

五輪の歴史

覚醒剤…。オリンピックでドーピングによる死者が初めて出たのはローマ大会

近代オリンピックは、古代ギリシャで行われた競技会をモデルに作られたもの。古代ギリシャの競技会は、いわばオリンピックの元祖だ。ドーピングの歴史は、そんな古代オリンピックの時代にまで遡るという。 勝つためには手段を選ばない…ときに劇薬にも手を出してしまう人間の性は、太古の昔から変わっていないのだろう。 ドーピングをして得られるメリットは、一時的な強さだけだ。それに対するデメリットを考えれば、いかに愚かな行為かということはいうまでもない。今回の雑学ではそんなドーピングが原因で死んでしまった選手の話から、その恐ろ ...

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