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超便利。平安時代の貴族がもっている棒"笏(シャク)"の使い方いろいろ

平安時代の貴族がもっている棒「シャク」に関する雑学

平安時代の男性貴族といえば?

烏帽子(えぼし)・直衣(のうし)・蹴鞠(けまり)・まろ眉毛・しもぶくれ・笛とか琵琶とか楽器やってそう・なんか変な棒みたいなのもってる…パッと思いつくのはこんな感じか。

ではその「変な棒」。何のためにもっているのか皆さんはご存知だろうか。

実はあれ、飾りじゃないのだ。…いや、飾りだけどそれ以外にもたくさん使い道があるのだ! 今回はその棒、「シャク」についての雑学をご紹介しよう。

【歴史雑学】平安時代の貴族がもっている棒「シャク」とは

もとは貴族の貫禄を示すためのもの。他にも様々な用途がある。

【雑学解説】シャクは、アクセサリーとして・カンペとして・靴ベラとして…いろんなことに使われていた。

シャクは、アクセサリーとして・カンペとして・靴ベラとして…いろんなことに使われていた。というトリビア

神職さんたち

「平安貴族がもっている棒」といったが、よくわからんという人はひな人形の男雛・神社の神職・おじゃる丸をイメージしてもらえればわかりやすいと思う。あの右手にもっているのが「シャク」といわれる棒だ。

もとは中国で役人がメモを書いておくためにもっていたもので、日本には6世紀ごろ伝来したらしい。漢字で書くと「笏」。この「笏」の字、本来は「コツ」と読むが「骨」と同じ読みのため縁起が悪いということで「シャク」と呼ばれるようになったそう。

ちなみに「シャク」の読み方の由来は、

  • 柞(ははそ)という木を使って作られていたため、「柞」を音読みして「サク」、それが転じて「シャク」になった説
  • 長さが1尺ほどだったので「シャク」になった説

など、諸説あるようだ。

日本でのシャク

一方日本では…?についてのトリビア

中国から日本に伝来した当初は、貴族としての貫録を出すための飾りとして使われていたらしい。誰が最初にもち始めたかわからないが、「棒をもつとなんかかっこいい」と周囲に思わせたカリスマファッションリーダーがいたのかもしれない。

「右手にシャクをもたなければいけない」という規定も作られたそうだ。そして、ただの飾りのようなものだったシャクは次第に中国での本来の使い方をされるようになった。

というのも、貴族の式典や儀式は礼儀作法・式次第など覚えることが盛りだくさんだったからだ。式典で失敗することは権威の失墜につながる。そこで貴族は考えた。「いつももってるこの棒(シャク)にカンペ貼っとけば、いとよろしじゃね?」と。

その画期的な方法は、「貴族のイケてるシャクの使い方」として次第に浸透していったようだ。

シャクに使う素材は、初期の頃は位の高い人は象牙のシャクで、低い人は木のシャクと決まっていたが、のちに礼服のときは象牙のシャクで普段は木製のシャクと使い分けるようになったとか。

フォーマルとカジュアルで使い分けるなんて、まさにアクセサリー感覚だ。木の木目や色合いを、自分だけのおしゃれなカラーとして楽しんでいたのかもしれない。

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イケてるシャクの使い方番外編

シャクの使い方は他にもいろいろ。本当に便利な棒である。

靴ベラとして

たしかにシャクのあの形状といい長さといい、靴ベラにぴったりだ。今も昔も、考えることはそう変わらないんだな…。

人を呼ぶときに

「ちょっとこっち来い」と呼ぶときに、シャクを使って招いていたそうだ。たしかに、手でおいでおいでするよりだいぶエラそう…いや、威厳があるように見えそう。

合図として

夜道で人とすれ違ったとき、おじぎの代わりにシャクを鳴らしたらしい。昔の夜道は、街灯も家の明かりもないので本当にまっくら。

会釈しても見えないから、音で挨拶したようだ。車のクラクションみたいなものか。

楽器として

貴族みんなで集まって宴会をするとき、他の人のシャクを借り自分のシャクとの二刀流で、拍子のように打ち鳴らしていた。

のちに拍子専用の厚いシャクが作られたんだとか。酔って調子に乗って叩いて、シャクを何本も壊してしまった人がいたのだろうか。

武器として

言い合いの喧嘩になった際、シャクで相手を殴った人もいるらしい。やっぱり手に何かをもっている状態で喧嘩になったら、それで殴っちゃうよな…。めっちゃ武闘派。

【追加トリビア】聖徳太子は実在しない…かも!?

聖徳太子は実在しない…かも!?というトリビア

聖徳太子

シャクをもった肖像画が有名な聖徳太子(=厩戸皇子、うまやどのみこ)。左右に子供(弟と息子)を引き連れ、達観した顔で佇む姿が描かれたものを見たことがある方も多いだろう。昔の1万円札にも、シャクをもった聖徳太子が描かれていた。

この聖徳太子のもっているシャク、かなり細い。カンペなんて貼れないくらいに。聖徳太子はスゴイ人だったからカンペは必要なかったという意味を込めて細く描かれているという見方もある。

しかし、厩戸皇子が誕生・活躍したのは飛鳥時代のこと。貴族がシャクをもつようになったのは奈良時代だといわれている。よって、実際に厩戸皇子がシャクをもっていたことはなく、あの肖像画は後世の人の想像で描かれたものだとする意見がある。

肖像画に描かれた「聖徳太子」は、実在した厩戸皇子を政治的策略のため盛りに盛って偉人化した偶像だといわれているのだ。

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トリビアまとめ

今回は、シャクについての雑学を紹介させてもらった。普段なにげなく見ている歴史上の人物の肖像画。いわれてみれば、江戸時代くらいまでの肖像画はシャクをもっている絵がたしかに多い。

コワモテで威厳たっぷりにシャクをもってるけど、実はその裏にカンペが貼ってあるんでしょ? …と思うとちょっとニヤけてしまう。

しかしそれは彼らの涙ぐましい努力の結晶だ。貴族や将軍なんて、贅沢し放題のうらやましい人たちなんだと思っていた方も多いかもしれない。でもそれもシャクにカンペを貼ってまで頑張って式典や儀式を乗り切った結果だろう。

シャクをもった肖像画を見たときは、「あーこの人も頑張ってたんだな」と心の中で褒めてあげよう!

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