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時代先取り!武田信玄は水洗トイレを使っていた【甲州山】

雑学カンパニー編集部

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武田信玄は水洗トイレを愛用していたという雑学

戦国時代、軍事・政治の両面において、優れた手腕を発揮した武田信玄。甲斐武田家の第19代当主として、戦国最強の騎馬軍団を率いた、通称「甲斐の虎」として恐れられた人物だ。

なぜ信玄は後世に語り継がれるほどの手腕を発揮できたのか。その秘密は、彼の器量のみにあるのではなく、私たちの身近な場所にも理由があったのかもしれない。その場所とは、トイレである。

今回は、武田信玄のちょっと変わったエピソードについての雑学を紹介していく!

【歴史雑学】ギャップ萌え。武田信玄は水洗トイレを愛用していた

秀吉くん
さすが信玄さん…時代先取りすぎっすよ…!
信長さん
自分の城の中の、6畳くらいの水洗トイレを使ってたらしいぞ…。あいつスゲエわ、やっぱ…。

【雑学解説】武田信玄のトイレ事情と功績。あと三角関係も。

復元された武田信玄の水洗トイレ

復元された信玄のトイレ

武田家の軍学書『甲陽軍鑑』によれば、信玄が居城とした躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)内には、御閑所(おひまじょ)と呼ばれる信玄専用のトイレが設けられていた。トイレは、別名「甲州山」とも呼ばれた。

「甲州山」は、現代の公共トイレとほぼ同じ広さに匹敵するという。このトイレの広さは、敵に襲われないように十分な広さを確保する必要があったこと、信玄が習慣としてトイレ内で政務や軍略を練っていたことに理由があるとされる。

信玄はトイレ内に香炉を焚き、用を足したあとの臭いにも気を配っていた。香炉は、家臣が朝・昼・晩と、交代で番を務めたという。

それだけではない。用を足した後、信玄が鈴で合図を送れば、家臣がお風呂の残り湯で流したとされている。つまり現代を先取りする、手動式の水洗トイレだったのである。

戦国時代は、今でいうおまるのような、部屋に置いて用を足す樋箱(ひばこ)という木製便所や、掘った穴に用を足し、砂をかけて埋める雪隠(せっちん)と呼ばれる屋外便所などが使用されていた。

当時のトイレと比較すると、信玄が城内に設置した水洗トイレがいかに画期的なものだったか、読者の方にも分かってもらえるだろう。

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【追加雑学①】武田信玄は治水工事の名人だった

信玄は、軍事のみならず治水工事の名人でもあった。水害を防ぐために「信玄堤」という堤防を築いたのだ。

戦国時代は、領土の広さを石高であらわすように、米の収穫量が国力を決定づける要因にもなっていた。そのためには、領民が安心して水田を開発できる水害対策が欠かせなかった。

信玄が統治した甲斐国は、釜無川(かまなしがわ)がたびたび氾濫する水害の多い土地だった。そこで信玄は、釜無川と御勅使川(みだいがわ)との合流地点に、川の流れを変える大規模な堤防工事を敢行したのだ。期間は20年以上に及んだという。

堤防工事の際に、信玄が考案したとされるのが「聖牛」(せいぎゅう)だ。「聖牛」といっても、水害を防ぐために水に放した牛の尊称ではない。

丸太を組み上げた足の部分に、石を積みあげて川に沈めることで、増水した川の流れをコントロールする設置物の名称である。その形が牛に似ていることから名が付けられている。

この治水工事の手法は、江戸時代の治水対策の基礎となっていった。また「聖牛」は、現在でも水路工事で応用される優れた技術だ。このように「信玄堤」は、時代を超えて技法が受け継がれていった、画期的な工事だったのである。

【追加雑学②】武田信玄のボーイズラブなエピソード

武田信玄のボーイズラブなエピソードがギャップ萌え

傑出した才能を見せた武田信玄。しかし、彼の功績からは想像もつかないエピソードが後世に伝えられている。彼ほどの人物にしても水に流せなかった過去があったのだ。

信長さん
トイレなだけにね!
秀吉くん
殿!うまいっす!

戦国時代は、男性を性的な対象として見る風習が珍しくなかった。この風習は、戦場に女性を同伴させられず、男色が高尚な趣味とされたことから広がったという。

信玄も当時の風習にならい、春日虎綱(かすがとらつな)という、のちに武田四天王のひとりに数えられる、高坂昌信(こうさかまさのぶ)という人物を愛した。が…! あるとき、虎綱から他の男と浮気をしたことを疑われ、信玄は弁解の手紙を出したというのである。

さらに、信玄が送った手紙は、誓詞(せいし)と呼ばれる、神仏の前で誓いを立てる文言として記されているのだ。愛する人からの糾弾に、さぞかし狼狽した様子が伺える。まさに禁断の三角関係だった。

その功績とプライベートとのあいだに大きなギャップがあった信玄。実は、ギャップ萌えするには十分な武将の有力候補だったのである。

雑学まとめ

信玄の水洗トイレにまつわる雑学をご紹介してきた。彼は水洗トイレを導入した偉大なエコロジストだった。現代に生きていたら、きっと植村花菜の『トイレの神様』をカラオケの十八番にしていただろう。

また信玄は、その功績と人柄とのあいだにギャップがある武将である。ボーイズラブの世界を地でいった人物として、これから女性人気が高まるかもしれない。ギャップ萌えする武将の有力候補として、ぜひ記憶に留めておいてほしい。

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