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"月代"のワケ。侍が頭を剃っていた理由とは?

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侍はなぜ頭を剃っていた?に関する雑学

時代が変われば、人のファッションも変わる。時代劇でおなじみのちょんまげヘアスタイルはもうとっくに過去のもの。いまではテレビでしかなかなか見ることはないと思う。

しかし、なぜあのちょんまげスタイルに行き着いたのだろう。あの髪型、独特すぎないか。なにか理由があるに違いない。

どうして頭を剃っていたのか。みなさんは知っているだろうか? 今回はこのナゾについての雑学を解説していくぞ!

【歴史雑学】侍はなぜ頭を剃っていた?

信長さん
熱い日でも俺たちは頭を剃ってるから蒸れることはない!
秀吉くん
そうっすよ!殿も僕もハゲてない、ハゲてるわけじゃないっすよ!!
信長さん
…今ならハゲ、ハゲと言われても冷静さを保てる気がする…。冷却効果抜群だな…ふふん…。

【雑学解説】機能的な理由だけではない侍のヘアスタイル

機能的な理由だけではない侍のヘアスタイルについてのトリビア

元々、侍は貴族の身辺警護をしており、その地位は決して高いものではなかった。しかし、平安時代末期から平家が政治の主導権を握ったことから、日に日に髪形の合理性が求められるようになった。

では、その理由を具体的に見ていこう。

秀吉くん
楽しみっすね~!

侍の心得① 頭が蒸れるなら髪を剃ればいいじゃない

あの髪を剃ったハゲの部分を「月代(さかやき)」という。

戦いを職業とする侍。当然、戦が増えれば戦闘服である兜をかぶる機会も増えた。問題となったのが、兜をかぶっていたら頭が蒸れる! ということだ。

そこで思いついたのが、髪を剃り月代をつくることだった。なんと合理的なんだろう。

みなさんは、帽子が蒸れるから頭頂部だけ髪を剃ることができるだろうか。さすが侍、漢の中の漢。

信長さん
ファッション性ではなく合理性を求めた結果がこの髪型だ!うん、男らしい!
秀吉くん
とかいって殿、南蛮甲冑とかめちゃめちゃオシャレなの着てたじゃないすか。
信長さん
そ、それはまた別の意味で大事なものだからな!

一方で、単に蒸れ対策という機能面だけでなかったようだ。

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侍の心得② 戦闘中に「気」が高まってしまわないようにする

戦闘中に「気」が高まってしまわないようにするというトリビア

ハゲの部分「月代(さかやき)」は、もともと「サカイキ」が訛ったものとされている。

兜をかぶると戦闘状態になって気持ちが興奮してしまう。興奮すると「気」が逆上して頭に登ってしまうと考えられていた。その「逆さに上った気を逃す=サカイキ」といわれたのが転じて月代(さかやき)となった、というものだ。

つまり月代(さかやき)には、戦場でも逆上しすぎず冷静さを保つために、という精神的な理由もあったのだ。

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【追加雑学①】侍がかぶっていた兜のてっぺんには穴が空いている

兜のてっぺんに必ず穴が空いていることをご存知だろうか? もちろん、ただ単に兜の通気性のためだけではない。

この穴を八幡座(はちまんざ)という。頭のてっぺんの穴を通して、戦の神である八幡様と通じ、戦勝を願ったのである。

全国各地にある八幡宮、今ではスポーツの戦勝祈願で有名だ。

秀吉くん
今も昔も、日本人って結構あちこちで、アレが縁起に良いとか、祈願が~とか考えてるもんなんすね。
信長さん
日本人のDNAに刻まれてるのかもな、こういうゲン担ぎは。

【追加雑学②】侍の髪型・月代(さかやき)の歴史

侍の髪型・月代(さかやき)の歴史についてのトリビア

先ほどもお伝えしたように、月代(さかやき)は戦国時代末期から侍の一般的な髪形になった。

当初は、木製の毛抜きで一本づつ抜いていたため、痛みに耐えつつも頭は血まみれになっていたようだ。しかし、豊臣秀吉が天下統一を図ったことで戦が減り、見た目を美しく整えるために剃るという方法が定着した。

その後、江戸の時代。戦のない平和な時代がきた。兜をかぶる機会がめっきり減り、一般庶民にも月代が定着したのだった。

ちなみに、一部では月代をつくらない人もいた。神官・学者・医者などは、戦いには関わらない、という思想から月代を作っていなかったようだ。

秀吉くん
僕が天下統一を果たした後の月代はファッション性が強くなったんすね。知らなかったっす!

平和な江戸でも侍が頭を剃っていた理由

さて、戦のない平和な世の中で、どうして頭をそって月代(さかやき)をつくる必要があったのか?

それは、「主君のためにいつでも戦う覚悟があるぞ!」という侍の覚悟の現れであったのだ。徳川家のために、あるいは藩主のために命を懸ける。今では想像もできない忠義の心を、侍たちは持ち続けていたのだろう。

信長さん
うん、いつの時代も君主を守ろうとする侍は男気があってかっこいいな。

雑学まとめ

"月代"のワケ。侍が頭を剃っていた理由についてのトリビアまとめ

侍は頭をなぜ剃るのかという雑学を紹介した。それは、合理的なだけでなく、時代と共に武士の心意気へと変化していったものだというのはとても興味深い。

変だと思っていたが、ものごとにはちゃんと理由があるものだ。

今では奇怪な髪形である、侍の頭。それは時代が変わったからそう感じるのだろう。時代が進めば、私たちのいまのファッションが、未来では考えられないものになっているかもしれない…。

信長さん
もういっそ未来では海外で月代がはやる可能性もあるかもしれないぞ。
秀吉くん
ちょっと見てみたいっすね、月代ヘアーのレゲエのお兄さんとか。

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