江戸時代

生類憐れみの令で"超巨大な犬小屋"が爆誕した【徳川綱吉】

雑学カンパニー編集部

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「生類憐れみの令」の影響で、中野から高円寺には犬屋敷があったという雑学

中野区役所前にある「お囲い御用屋敷」跡地

徳川家15代にわたる歴代の将軍のなかでも、非常にユニークな政策をおこなったのが、5代将軍の徳川綱吉である。庶民にいっさいの殺生を禁じた「生類憐みの令」は、この綱吉の時代に施行された。

この法令をもとに、現在の中野から高円寺の一帯には、犬屋敷がつくられた。この記事では、当時、庶民の不評を買い、悪政といわれた「生類憐みの令」についての雑学をご紹介していく。

【歴史雑学】「生類憐れみの令」の影響で、中野から高円寺には犬屋敷があった

信長さん
中野の犬屋敷…見てみたいな。
秀吉くん
また徳川っすか…でも僕も犬に埋もれてモフモフされたいっす!

【雑学解説】バカ殿か?名君か?「生類憐みの令」で有名な徳川綱吉

バカ殿か?名君か?「生類憐みの令」で有名な徳川綱吉についてのトリビア

徳川綱吉

「生類憐みの令」は、5代将軍の徳川綱吉によって1687年から1709年のあいだに施行された法令である。犬や猫をはじめとする、いっさいの生き物の殺生を庶民たちに禁じたものだ。江戸時代の動物愛護法のようなものである。

信長さん
聞こえはいいが、庶民にはいい迷惑な法律だな…。

この法令が施行されたことによって、庶民たちはかえって犬を捨てるようになったという。そこで幕府は、都内の各所に犬を収容する犬小屋を建設することになる。現在の中野区から高円寺の一帯に造られた屋敷は(正式名称・お囲い御用屋敷)は、特に巨大なものだった。

秀吉くん
犬を捨たくなる気持ちはわかるっすけど、その時点で法律守ってないっすよね?!
信長さん
犬屋敷を作る幕府も甘いな。

その規模は、全体で約100ヘクタール(東京ドーム21個ぶん)の広さを誇る施設となったそうである。徳川綱吉が「生類憐みの令」を施行したのは、世継ぎだった徳松(とくまつ)を亡くした後、綱吉の後継者となる子どもに恵まれなかったことに理由があるとされる。

そのことを憂いた綱吉の母が、親交のある寺僧に相談したところ、いっさいの殺生を慎みなさい、との助言をもらったことから、この法令が施行されたという。

「生類憐みの令」は、徳川綱吉が死去した1709年、後に6代将軍となる徳川家宣(とくがわいえのぶ)によって廃止された。現在、屋敷の一角にあたった中野区役所の前には、犬や碑文などの記念碑が建てられている。

秀吉くん
いろいろいきさつはあるとはいえ、庶民はホッとしたんじゃないっすか?

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【追加雑学①】犬屋敷があった中野区は徳川家ゆかりの土地

犬屋敷があった中野区は徳川家ゆかりの土地についてのトリビア

江戸時代、東京・中野は幕府の直轄領だった場所である。歴代将軍が鷹狩りを行う場所として重宝された、徳川家と関わりの深い土地でもあった。

たとえば、3代将軍・徳川家光は、重臣達を引き連れ、この地で29回もの鷹狩りを行ったとされる。また、8代将軍・徳川吉宗は鷹狩りを行う際に自らが立つ「お立場」とされる場所に桃を植樹したという。

この桃は、現在の中野3丁目一帯にあった「桃園(ももぞの)」のことで、桃の木はやがて、広く江戸の人びとに知られるようになったという。この桃園は現在でも地名として残っている。

他にも、10代家治(いえはる)・11代家斉(いえなり)・12代家慶(いえのぶ)などが、この地で鷹狩りを行ったとされる。中野という場所は、徳川家の歴代将軍ゆかりの深い場所だったのである。

【追加雑学②】「水戸黄門」のモデルで知られる徳川光圀と徳川綱吉は犬猿の仲だった

5代将軍・徳川綱吉と犬猿の仲だったとされる人物がいたことをご存知だろうか。水戸黄門のモデルとされる徳川光圀(とくがわみつくに)その人である。2人が対立するようになったのは、「生類憐みの令」が施行されてからのことである。

綱吉が生き物の殺生を禁じる法令を出した後、光圀はある献上品を綱吉のもとに贈っている。その品が、法令で禁じられた動物を殺生してこしらえた「犬の毛皮」だったという。光圀は、綱吉が施行した「生類憐みの令」を、暗に批判したのである。

秀吉くん
エグい、エグいっすよ光圀さんー!
信長さん
類まれに見るブラックさだな。

徳川綱吉にとって、徳川光圀は将軍の座に就かせてくれた恩人だった。徳川綱吉が5代将軍の座に就けたのは、将軍家に近い血縁だった綱吉がふさわしいと徳川光圀が主張したからである。綱吉の心中は複雑だったろう。「武断政治」から「文治政治」へと移行した際の将軍家のエピソードである。

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雑学まとめ

生類憐れみの令で"超巨大な犬小屋"が爆誕した【徳川綱吉】についての管理

徳川綱吉

「生類憐みの令」を発布した徳川綱吉にまつわる雑学をご紹介してきた。法令が施行された当時、中野周辺には「かこい」と呼ばれる犬を収容する巨大な屋敷があったことがわかった。

徳川光圀が批判したように、徳川綱吉が施行したこの法令は、当時、その評価をめぐって賛否が分かれただろう。ただし、生き物を尊び、憐みをかけるその心は、現代の動物愛護の精神を先取りするものでもあった。現代から見ると、綱吉が出した「生類憐みの令」は、また違った評価をくだせそうである。

秀吉くん
動物愛護の気持ちはわかるっすけどね、やり方ってのがあるんすよ。
信長さん
何事も加減が大事だからな。

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